第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「…彩千代」
そっと呼び掛けたカーテンの先。
少しだけ差し込んだ手元でそれを捲れば、寝台に横たわる姿が目に入る。
凡そ生きているとは思えない程の重度の熱傷に、目と口を除いて包帯を巻かれた姿は見慣れない。
その包帯もじわじわと赤く染まり、少しずつ少しずつ蛍の体から血を滴り零していた。
止まらない出血。
体が回復へと向かっていない何よりの証拠だ。
後藤もこの姿を見たからこそ、ああも不安を零したのだろう。
無言でカーテンの先へと踏み込む。
血肉の腐臭と強い消毒液の匂いが混じる。
しのぶとアオイの手により常に患部は清潔に保たれているが、欠けた両手も未だ戻ってはいない。
「彩千代。聞こえるか」
枕元に立ち呼び掛ける義勇に、閉じた瞳は一切動かない。
杏寿郎もこうして呼び掛けていたのだろうか。
ふと抱いた疑問は抱くだけ野暮だと、頭から消し去った。
暫くその場に佇んだ後、徐に羽織の袖から小さな巾着を取り出す。
紐を緩めて逆さに振れば、中からころりと落ちてきた玉簪が掌に転がる。
「緊急を知らせた鎹鴉が持っていた。お前に返す」
枕の隣にそっと簪を置く。
「竈門炭治郎と禰豆子が此処へ来た。炭治郎の方は、今は胡蝶の下で機能回復訓練をしている」
「……」
「柱合会議は終わったが、お前の案件は終わっていない。回復しないことには、その後の処遇が進められないからだ」
「……」
「崩壊した地下牢は現在修復作業を進めている。お前の所在を再度其処に定めるかは検討中だ」
「……」
「他には…」
珍しく饒舌な姿を見せる義勇に、しかし蛍が微動だにすることはない。
動かない気配にやがて声を途切れさせると、義勇は諦めて息をついた。
「…また来る」
踵を返し、背を向ける。
──かさ、
耳に届いたのは微かな布の擦れる音だった。
ただし無からは生まれない音だ。
それを義勇は聞き逃さなかった。
足を止めて振り返れば、寝たきりのままの蛍の姿は変わらず。
ただ。
焼け爛れた皮膚が覆う目元。
肌に落ちる睫毛がほんの少し震えたかと思うと──
「…彩千代?」
瞼が薄く、開いた。