第4章 柱《壱》
「鬼は殺して然るべき。そうして今まで生きてきた。その鬼である君を生かすとあらば、今までの俺を否定しなければならない。…それでも今日、己がしたことは恥ずべきことではないと思っている」
杏寿郎の目は、いつもと変わりなく真っ直ぐ私に向けられていた。
意志の強い、己を曲げない眼だ。
「君は人を喰らいたいと思っているか、彩千代少女」
「っそんなこと、ない」
「そうだ。鬼でありながらも、変わろうとしている"覚悟"が君からは伝わった。ならば俺も変わる覚悟をしなければならない」
目の前で正座したまま徐に杏寿郎が腰の鞘から刀を抜いた。
急なことで身を退く暇もなく、体を硬直させる私の前で刀は鋭い光を放った。
ザシュッ
肉を断ち切る音。
目の前で真っ赤な血が舞う。
「ぇ…」
それは私の血じゃなかった。
「何、を…!」
杏寿郎の刀の切っ先は、その屈強な左腕に突き刺さっていた。
思わず身を乗り出して手を伸ばす。
なんで自分の腕をっ?
「お館様と約束した。君を斬首するつもりなら、その道を選ばなかった時の"覚悟"もしておけと。他の命を奪うつもりなら、奪われる側と同等の対価を俺も賭けねば意味がない」
「何、対価って…っ私の命を奪わない代わりに、自分の命を差し出すって言うのッ?」
咄嗟に刀の鞘を掴んで引こうにも、突き刺さった刃はびくともしなかった。
鬼なら人間より強いはずなのに、怪我をしていない片腕だけじゃ杏寿郎の力に負けてしまう。
それだけ、柱としての実力を持った人なんだ。
それだけ、強い覚悟も持った人。
でも。
「意味わかんない…っやめてそんなの! そんなこと私は望んでないッ!」
刃が突き刺さった二の腕からは、次から次へと血が滴り落ちていく。
止まらない。止めようがない。
必死に腕にしがみついて、どうにか刃を引き抜こうとした。
嫌だ、そんなの。
私の代わりに差し出される命なんて嬉しくもなんともない。
そんな不要な犠牲なんか要らない!
「離して杏寿郎…!」
「…彩千代少女よ。腹は空かないか?」
「空かないよ! 何悠長なこと言ってるの!」
「そうか。そうだな」
必死に捲し立てれば、やんわりと柔い笑顔を返される。
あまりの柔らかさに、勢いが殺がれる程に。