第2章 今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを
"怒り"だ。
静かに根付く絶え間ない"怒り"。
彼女からは、いつものその色しか見えない。
「人をただ喰べるだけじゃなく、手足を引き千切り、内臓を引き摺り出し、目玉を抉り出しましたよね」
「…そ、れは…」
「違いますか?」
違わ、ない。
その言葉の通りに、私は幾人もの人間をこの手で殺した。
憶えている。
忘れはしない。
咽返るような沸き立つ血の匂いと赤い世界の中で、腕に抱いた存在を。
「だから私も同じことをしているんです。貴女は許されない罰を背負った。本当は死んで償うべきところを生きていられるのは、お館様のご厚意のお陰なんです」
応えられない。
彼女の言うことはどれも真っ当で、いつも何も返せずに言葉を失う。
「だから罰を受けるのです。そうして背負った罪を同じ痛みで浄化すれば、貴女もきっと生まれ変われる」
羽織を掴んでいた手が力無く滑り落ちる。
その手を逆に握られて、綺麗な顔が近付いた。
「人も鬼も仲良くできるはずです。私と貴女も仲良くできるはずです」
仲良く…?
仲良くって、何。
この人間は何を言っているんだろう。
血の足りない頭じゃ思考は上手く回らなくて、奇妙な言葉だけが逃げ場を失い脳内を回る。
「だから一緒に頑張りましょう。ね」
頑張るって なに を?
カチャリと取り上げる小さな金属音。
微笑む胡蝶しのぶの手の先に、光る鋭い注射器が見えた。
「っ」
体に悪寒が走る。
皮膚を、筋肉を、脂肪をどろどろに溶かされるような、あの忌まわしい毒だ。
「ひ…嫌、だ…それは嫌…」
「嫌嫌ばっかり。幼子みたいですねぇ彩千代蛍さん」
だってそんなものを打たれると、また体が可笑しくなる。
気が狂う。
死にたいくらいの激痛が走るのに、死にはしない。
「大丈夫ですよ。私が観ていますから」
いつもギリギリのところで生かされる。
それは許しを乞う為の行いでもなんでもない。
ただの拷問だ。
「さあ、足が嫌ならその目からにしましょう。貴女の瞳は綺麗ですから」
仰け反る顔の目の前に晒される針の先。それが視界を覆う程に大きく広がって──
「きっと綺麗な血を吹くことでしょう」
ぷつりと、何かが潰れる音がした。