第2章 今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを
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「お疲れ様です。血は全て拭き取りました」
「……」
「後は自然と回復するでしょう。何も食べられないでしょうが、お水くらいなら飲めますよね?」
「……」
「此処に置いておきますから。他にも欲しいものがあったら其処の鎹鴉に伝えて下さいね」
ギィイ…
藤の扉が軋んだ音を立てる。
来た時と変わらない綺麗な微笑みを浮かべているであろう、優しい声。
去っていくその声を寝かされた布団の上で感じ取る。
両目は直接打たれた毒で膨張し潰れてしまった。
視界で何も把握できない恐怖のまま、手足も毒で腐らせ斬り落とされてしまった。
顔と体に巻かれた包帯は単なる気休めだ。
芋虫のような情けない姿で、それでも私は生きている。
「…ひゅ…」
痛みに耐えかねて噛み潰した舌も、そのうち元通りに生えてくるだろう。
明日には全て元通り。
死にたくても死ねない。
私が生かされている理由は"お館様のご厚意"なんかじゃない。
この何度でも被験体になることができる再生の身体があるからだ。
この世には、二種類の人間がいる。
この世で生きることを許された人間と、
この世で生きることを許されなかった人間。
「それでは、また朔月に。彩千代蛍さん」
私は後者で、人間として生きることを許されなかった。
選択肢なんて何処にもなくて、気付けばこんな姿に成り果てていた。
だからこうしてみっともなくも尚、生にしがみついて生きている。
生ってなんだろう。
生きるって何?
こんな姿になってまで命を繋げることに価値があるの?
『…蛍は…生きて…命を……繋い、で…』
人として生き、人として死んだあの人の方が、ずっと命の重みを知っていたのに。
「っ…ふ…」
眼球のない空洞から血に混じった涙が滴る。
涙なんて代物でもない、ただの濁った体液だ。
それでも潰れた喉は嗚咽を挟んで、芋虫のような体を震わせた。
この世には、二種類の人間がいる。
この世で生きることを許された人間と、
この世で生きることを許されなかった人間。
私はどちらでもない。
その人間を殺した 鬼 だ。