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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



 猗窩座の拳を中心に、四方に砕ける罅はあっという間に地面を割った。
 鬼による攻撃だからか。地ではなく影が本体である朔ノ夜ならダメージなど無いに等しいはずなのに、割れた地から黒い飛沫が上がる。
 まるでそれは影の血飛沫のように見えた。

 あまりの衝撃に、猗窩座を纏っていた杏寿郎の炎が掻き消える。


「見た目を生き物に模す能力か。本来は力を誇示する為に、わかり易く強さを象徴するものに擬態することが多いが…成程」


 地面へとめり込んだ猗窩座の手が、ずるりと何かを引き上げる。
 それはぐねぐねと動く影の塊だった。

 激しく悶える影から時折、尾や鰭が具現化されては引っ込む。
 術者ではない杏寿郎の目から見ても、朔ノ夜そのものだと理解できた。


「玉壺の技にも似ているな」


 以前にも聞いた名である。
 それが他の上弦の名だと蛍の頭は理解するより前に、体中に走る悪寒に戸惑っていた。


(朔が捕まった!? 実態を捉えられるなんて…ッ)


 朔ノ夜は金魚の形をしているが、影の一部である。
 故に沼のような液状になることも、滑らかな波のようになることも可能だ。

 実態がないはずのものを何故捕らえられるのか。

 逃げてと意思を伝えても、猗窩座に捕らえられた朔ノ夜がその手から逃げ遂せる気配はない。
 何故、と。青褪めた蛍が凝視する視線の先で、猗窩座が頸を捻り振り返った。


「何を驚く必要がある」


 無言の蛍の訴えを、手に取るように。


「単にお前が弱い。それだけだ」


 素っ気なく答えた猗窩座の腕に、みしりと太い血管が浮く。


 ──パァンッ!


 一瞬だった。
 静止をかける暇もなく、握り潰す拳の圧迫により捕まえられていた影の塊が砕け散る。
 ぼとぼとと地に落ちる黒い影の残骸は、意思を失ったように微動だにしなかった。


「…朔?」


 蛍の呼びかけにも応える気配はない。

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