第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
デレデレと禰豆子に表情を緩めながら、善逸の足が隊舎の奥へと向かう。
「じゃあこっそり行こう。またアオイちゃんに見つかったら怒られるからね」
「う?」
「抜き足差し足忍び足、だよ。禰豆子ちゃん」
「ム!」
アオイに善逸がこっぴどく怒られたのは勝手にしのぶの部屋から金魚鉢を持ち出した所為だが、当の本人は気付いていない。
とにかく禰豆子を喜ばせてやりたいのだ。
金魚に会えると理解したのか、禰豆子の足がそっとながら僅かに浮き立つ。
つられて善逸の顔も更に緩む。
まるで夜中にこっそりお忍びデートをしているようではないか。
「──…」
「禰豆子ちゃん?」
しかしその和やかな空気は、ぴたりと足を止めた禰豆子によって終わりを告げた。
禰豆子が足を止めたのは一つの扉の前。
扉の取っ手には【立入禁止】の札が下げてある。
禰豆子の目は、その札に止まった訳ではなかった。
扉の向こう側を見るように、大きな瞳が一心に向いている。
「どうしたの?」
「…ムゥ…」
「あっダメだよ。其処は立入禁止なんだってっ」
カリカリと扉を鋭い爪が微かに引っ掻く。
中に入りたいのだろうが、善逸がそれを許さなかった。
普段なら彼女が行きたい場所、望むことを出来得る限りやらせてあげたい。
例えそれが蟲柱の所有物であっても勝手に持ち出した善逸だ。
しかし今はその行動力を見せなかった。
「禰豆子ちゃん、金魚を見に行こう。ね?」
「ム〜」
「ね、禰豆子ちゃあん…」
尚もカリカリと扉を引っ掻き続ける禰豆子の姿に、善逸の声がか細く不安を宿す。
「本当にダメだって…その中にはアレがいるから」
口に出すのもおぞましい、という様子でぶるりと体を震わせる。
聴覚の特化した善逸は、部屋の中に何がいるのか理解していた。
人とは全く違う〝音〟
目の前の禰豆子ともまた微かに違う〝音〟
それでも共通しているのは、人を喰らうアレと同じ〝音〟
扉の先には鬼がいる。
顔も見たことのない、鬼殺隊が監禁していたとされる鬼だ。