第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「(他の匂いは焦燥や困惑ばかりだった。あの場にいた柱の人達も、きっと状況を理解し兼ねているんだ)…俺達もとにかく休もう。落ち着いたら向こうから話してくれるかもしれない」
「向こう?って誰のことよ。何、炭治郎鬼に興味あんの? 禰豆子ちゃんじゃない鬼に?」
「俺にとっても禰豆子は禰豆子だ。ただ…気になって」
あんなにも、炭治郎や禰豆子の事情をよく知ることもせずに切り捨てようとしていた柱達。
なのに彼らは蛍という鬼に対しては別の一面を見せた。
産屋敷耀哉が言ったように、二年間共に過ごした時間があったからかもしれない。
しかし長い時間を過ごしたからと、理解し合えるとは限らない。
そこには、確かに柱達と鬼である蛍にしか見えない景色があったのだ。
「匂いが、違ったんだ」
「──状態は」
蛍を連れ込んだ、蝶屋敷の最奥部屋。
分厚い帷幄(いあく)で窓を覆った暗い部屋には、幾つもの灯りが随所に灯されている。
中央に置かれた寝台の周りをカーテンで仕切り、隔離されたその中から姿を現したしのぶに真っ先に問うたのは義勇だった。
赤黒い血に濡れたゴム手袋を外しながら、しのぶは静かに頸を横に振る。
「あまり良いとは言えません。両手の損傷もそうですが、全身の熱傷がとにかく酷い。細胞の再生が追い付いていません」
「でもよ。俺との実践稽古で体を派手に爆破させた時に比べりゃ、まだマシじゃねぇのか?」
「そのはずですが…あの時に比べて体の細胞が活発化していないみたいなんです。詳しくは調べないとわかりませんが」
「そいつはどういうことだァ?」
「調べてみないことには、答えは出せません。もしかしたら檻を囲っていた藤の花の影響でも出ているのかも」
天元や実弥の相次ぐ問いにも答えていたしのぶの下に、更に歩み寄る足が一つ。
肩に使いの鎹鴉を乗せた無一郎だった。
「火事の出処については、お館様の下で概ね答えが出たって」
「お館様の下で?」
「出処ってなんだ。事故じゃなかったのか? あの火事はよ」
「詳しいことは俺にも。それより柱合会議も半端なままだったし。その鬼の処置が済んだら、皆お館様の下に集うようにと」