第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
頸をこうガッとやられたのはわかる。
あの異型の鬼の丸太のような太い腕と、岩のような大きな手に捕まったのだろう。
しかし何故そこで自分の大声でトドメを刺したのか。
(…わかるかもしれない…)
だが、敵を見るや否や周りなど眼中になく猪突猛進する伊之助のこと。
あの異型の鬼相手に啖呵でも切ったのだろうと、安易に想像ができた。
「落ち込んでんのか凄い丸くなってて、めちゃくちゃ面白いんだよな。ウィッヒヒッ♪」
「なんで急にそんな気持ち悪い笑い方するんだ…? どうした?」
他人の不幸は蜜の味。
しかしそんな悪意に満ちた心は一欠片も持っていないのが、炭治郎という少年である。
純粋な目で疑問符を浮かべる姿に、こちらが罪悪感を覚えそうだと善逸の体が固まる。
「な、なんでもな──」
「そちらの部屋にお願いします…!」
「オイ道開けろォ!!」
「!?」
「えっ何? 何事っ!?」
重体であっても、命を取り留め再会できた。
そう一同が喜びに浸る暇もなく、その場の空気をがらりと変えたのは廊下から届く騒音だった。
どたばたと何人もの足音が荒く鳴っている。
伊之助を除く炭治郎と善逸の目は、廊下を走り抜ける面々を捉えた。
(あれは…ッ)
つい二時間程前に、初対面でありながら妹の禰豆子に刃を向けた。
炭治郎にとっては忘れようとも忘れられない顔。
幾重もの傷を顔に宿した冷酷な男、不死川実弥。
更には。
「あっ」
其処には禰豆子の為に腹を切る覚悟を決めた、義勇の姿もあった。
思わず漏れる炭治郎の微かな声に、ちらりと義勇の横目が炭治郎を捉える。
しかしすぐさまその目は前方を向くと、実弥と同じ所へと駆けていってしまった。
騒動が通り過ぎれば、しんと沈黙が宿る。
「な…なんだ? 今の…」
「…柱だ」
「柱?」
「鬼殺隊の柱と呼ばれる人達だ。でも確か…彩千代蛍っていう鬼の所に向かったはずじゃ…」
「いろちよほたる?」
大きく頸を捻る善逸の顔が、すぐにサァと青褪めた。
今、炭治郎はなんと言ったか。
"鬼"という名を口にはしなかっただろうか。