第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
しのぶが触れた箇所から塵となり落ちていく。
それは地に触れると粉状の形から一掃し、真っ黒な一つの影となった。
さらさらと落ちていく影に、蹲っていた灰の塊があらわになっていく。
まるで薄い灰の殻から脱皮するかのように、それは姿を現した。
「……しのぶ、さま…?」
其処にいたのはツインテールをしのぶと同じ蝶の髪飾りで留めた少女。
いつもは凛とした表情が呆けたようにしのぶを見ている。
「アオイ…! 無事だったのね!」
「っ!? し、しのぶ様…っ」
目の前の柱から強い抱擁を受け、たちまちにその頬が赤らむ。
着ている服は焦げ一つ付いておらず見るからに火傷は負っていない。
まるで怪我一つない姿で、神崎アオイは影の中から現れた。
「灯り持っ…アオイちゃん! 無事だったの!?」
「うむ! 見たところ酷い怪我はしていないようだ。よかった!」
「しっかしなんださっきの。なんで煤の中から現れやがった?」
「大方灰を被っていただけじゃないのか。幸い此処まで火は及ばなかった…ようには見えないが」
「…神崎」
辺り一面は煤の道。
この場まで炎の魔の手は及んだはずだ。
皆が一様に疑問を抱く中、しのぶの抱擁を未だ受けているアオイに静かに呼び掛けたのは義勇だった。
「彩千代蛍…あの檻にいた鬼は見ていないか」
「あ…っ」
その名を耳にした途端アオイの表情が変わる。
何かを思い出すように恐怖の色を浮かべるアオイに、しのぶの目の色も変わった。
「何かされたの? あの鬼に」
「っ…」
「もしかして襲われたの」
「わ、わからない、です…でも、あの鬼の…影、が」
「影?」
「私の足を、這い上がってきて…目の前を、覆って。何もわからなくなったんです…熱いとか、苦しいとか、そんな感情も消えて…」
「はぁ? そりゃどういう意味だ?」
「鬼の影?」
「…よもや…」
何かを悟るように反応したのは杏寿郎だけだった。
「なんだ。心当たりがあるのかよ? 煉獄」
「…いや」
しかしそれも曖昧なもの。
蛍と異能の話はしたが、実際に彼女が異能を扱う様は見たことがない。
果たしてアオイの言う影がなんなのか、この場で答えは出ない。
それを知る為には蛍の存在が不可欠だ。