第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「これは…ッ」
上空を鎹鴉が旋回する。
その下で赤々とした炎の波がうねる様に、杏寿郎は足を止めた。
緊急の知らせにより駆け付けた先──火事が起きていたのは、引火物など特にないはずの岩場だった。
頑丈な岩で覆い尽くされたその下には、蛍が監禁された檻がある。
唯一岩の隙間から見える小窓からは、次から次へと黒い煙が上がっていた。
確認せずとも一目瞭然だった。
藤の檻は既に火の海だ。
「本当に火事だったのか…こいつは酷ぇ」
「たっ大変! 蛍ちゃんが焼け死んじゃう…!」
「安心しろ甘露寺。鬼は焼死などしない」
「此処にはアオイもいるはずなんです。早く消火しないと…ッ」
「だったら出口から既に避難してるだろォ」
「…あれ? 冨岡さんは?」
頸を傾げる無一郎に、その姿がないことに皆気付く。
先頭を走っていたのは義勇のはずだった。
するとその影は、炎の向こう側から風を切り裂くように跳んできた。
「冨岡! テメェ何処に行っ」
「っ…地下通路の出口だ。崩落で塞がれていた。彩千代達が逃げ出した痕跡はない」
珍しく多少呼吸を乱す様は、早急に移動してきた結果か。焦りか。
義勇がその目で見て判断したのなら、現状はまず間違いない。
「ならば益々まずい状況だ。内部の温度は人が耐え切れるものかどうか…」
「っ此処を破壊して道を作ります」
杏寿郎の言葉に過敏に反応した小柄な姿が、炎の前に踏み出す。
矮小な手で握る日輪刀は柱の中で随一に細く、短い。
その一太刀ではとても岩場を破壊などできはしないだろう。
「待てよ胡蝶。爆破なら俺の得意分野だ。派手に任せろ」
「いや待て。その爆撃で出口と同様に崩落で塞がれれば打つ手がない。更には火事の勢いが増す危険もある。爆破は駄目だ」
「じゃあ他に方法があんのかよッ」
小芭内の静止に、背の刀に手を掛けていた天元が声を荒らげる。
焦っているのは皆同じだった。
炎が人の命を奪うことは容易い。
一分一秒が生死を分ける。
「方法ならある。斬撃で穴を開ければいい。不死川、冨岡。力を貸せ」
「わかった」
「はッ言われるまでもねェ」
轟々と上がる炎の前に三人の柱が並び立つ。
各々が腰から抜いた刀を、すらりと構えた。