第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
強い拒絶だった。
アオイ自身の放つ殺気は、柱達に比べれば心許無く弱い。
それでも蛍には何より強い拒絶に感じた。
恐怖で覆い尽くされたアオイの心は、到底蛍の言動で変わるはずもない。
それでも、と竦んだ足を進める。
「っ近付かないでって言ったでしょ…! ゴホッ!」
「うん。ごめん。でも、聞けない。…襲ったりしないから」
「そんなの信じられるわけ…っ」
「私が牙を剥いたら、殺そうとして、いいよ。生きることだけ、考えて」
轟々と炎の声が蛍の耳に木魂する。
焼かれるような熱気と、視界が霞む程の黒い煙。
背を土砂に預けて身を縮ませるアオイに、蛍はない手を伸ばした。
「ッ嫌…!」
恐怖に引き攣る顔。
ぴくりと蛍の腕が止まる。
「…ごめんね」
小さな小さな謝罪だった。
なんに向けてなのか、アオイが把握する前に足元に奇妙な感覚を覚えた。
「?」
何かが足に触れている。
ぞわりと悪寒を催すような、何かが。
視線を下げれば、出口の塞がった通路では薄暗く視界は悪い。
なのに周りの影より尚黒い何かが、足首を這い上がっているのをはっきりと見た。
「ひ…ッ」
ずるずると、奇妙な黒い影がアオイの肌を這い進む。
それはまるで無数の手が肌を這い上がってくるような感覚だった。
恐怖で言葉を失くしたアオイの体が、がくがくと震える。
「痛く、しないから…怖いなら目を瞑って、いて」
その奇妙な感覚は、目の前の鬼から与えられているのだ。
蛍の言葉に悟ったアオイが、怯える目を向ける。
赤い。
血のように赤い縦に割れた眼孔と目が重なる。
その背後では禍々しい炎がうねり、蛍の顔を逆光で暗くした。
なのに何故かその真紅の眼だけは、はっきりと垣間見ることができた。
紛うことなき鬼の眼だ。
「ッ…!」
震える己の体を抱きしめて、強く目を瞑る。
目の前の恐怖から逃げる為には、そんなことしかできない。
そうして小さく身を縮ませるアオイの前で、蛍は血に濡れた腕を広げた。
その体を、包み込むように。