第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「お…檻を壊したのね…ッ」
「うん、まぁ…向こうで火事が発生したから。こっちに逃げて来るしかなくて」
「火事っ!?」
「気配、聞こえない…?」
蛍の言葉に習い耳を澄ませても、人間であるアオイにはわからなかった。
しかし微かな焦げ臭さが鼻を突く。
「そんな…火事なんて…」
「私は、まぁ、焼かれても死なない…と、思うけど。人間はそうはいかないでしょ」
「だったら尚更此処から逃げ出さないと…!」
「うん。だから私に代わって。…って、言いたいところだけど…」
落ち着いて話しているように見えるが、蛍も限界だった。
痛みが麻痺する程の失くした両手首の熱さに、汗は吹き出すのに同時に血の気が全身から退いていく。
(これじゃ掘り進められない)
この手は、藤の檻を破る際に失くしてしまった。
それ以外はどうにか被った布団で防げたものの、大量の失血と痛みに意識を平常に保っていることで精一杯だった。
「助けは、政宗…鎹鴉に頼んだから、そのうち、救助が来る…それまで大人しくしてて…二次災害に巻き込まれたら、助かる命も助からない」
「その二次災害はもう起きてるわ! やっぱり此処を抜け出さないと…!」
青褪めるアオイの言い分も尤もだった。
火の手よりも煙の方が足は早い。
黒い悪雲のような煙は、既に蛍とアオイの頭上に迫っていた。
「ゲホ…ッ」
気付けば温度も上昇していた。
蒸し焼きのような状態に、喉を焼かれる。
咳込みながらも尚、目の前の瓦礫にアオイが手を伸ばす。
「駄目、だって…っ人間一人じゃこの土砂は掘り起こせない…! それよりもなるべく動かないように、酸素の消費を減らして…」
「鬼だからそんなことが言えるのよ。貴女にはわからないでしょうね…人の命は一つなのよ。やり直しなんてできないッ」
「っ」
「そのたった一つの命を弄んで、喰い殺して…っ貴女にはわからないでしょうね…その、恐怖は」
尚も歩み寄ろうとしていた蛍の足が止まる。
睨み付けてくるアオイの揺るぎない瞳は、その足を竦ませた。
「私に、近付かないで」