第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「…ぅ、嘘…」
物音一つしない、薄暗い地下通路。
その中で神崎アオイは愕然と声を震わせた。
手にしている蝋燭から放たれる小さな灯りが、先を朧気に照らしている。
本来ならば数十m先には出口があった。
しかし今は分厚い土と石と瓦礫の山が済し崩しに雪崩込み、道をすっかり覆い潰していた。
あの突如巻き上がった土煙は、この道が土砂で塞がれた衝撃だったのだ。
「そんな…ッ何処かに道は…!?」
服や手が汚れるのも構わず、瓦礫の前に跪くとアオイは土砂を手で掻き出し始めた。
今し方崩れたばかりなら土はまだ柔らかいはず。
その読みは当たっていたが、何せ立ちはだかる土の壁は分厚過ぎる。
掘っても掘っても先は一向に見えてこない。
(どうしよう…ッいつもの日課だから、しのぶ様には此処にいることを報告してない! また地震が起きてあの檻が壊れてしまったら鬼が…!)
恐怖が焦りを掻き立てる。
ささくれ立った木材の破片が皮膚を裂き、硬い石は爪を割り、それでもアオイは掘ることを止めなかった。
後ろには鬼がいる。
前に進むしか道はない。
「…待、って」
「──!」
ざり、と土を踏む足音。
背後から呼ぶ声は、あの鬼のものだ。
(うそ。檻を出たの? 出られたの? なんで?)
アオイの背筋に冷たいものが走る。
振り返られずに固まるアオイに、更に足音が近付いた。
「それは危険だから、止めて…また土砂崩れが起きたら、生き埋めになってしまう」
「っ……だ、けど…道が…」
それでも振り絞るように声を出すと、アオイは恐る恐ると振り返った。
喰らうつもりなら話しかけてなどこない。
まだ意思疎通を取るだけの猶予は、あるのか。
「ひ…っ」
しかし目にした鬼は、アオイの予想を易々と裏切った。
着ていた着物と袴は所々引き千切ったように擦り切れており、その布には幾つもの赤い斑点が浮いている。
血だ。
血を纏った鬼が、こちらへゆっくりと近付いてくる。
鬼には、両手がなかった。
どろりと溶けたように手首から先を失くした腕が、赤黒い血を滴らせている。
到底人であれば、止血もせずに話しかけになど来られない。
その人成らざる姿に、ぞっとした。