第4章 柱《壱》
──────────
「出血は治まってきたな。しかしまだ傷口は開いたままだ。このまま安静にするように」
「…ありがとう」
見慣れた藤の檻の中。
だけど其処には見慣れない人の姿。
この檻の中に足を踏み入れたのは、胡蝶しのぶと冨岡義勇だけだった。
今目の前には、腕に包帯を巻いてくれた杏寿郎が座っている。
蜜璃ちゃんは、血塗れになってしまった私の着物の代わりを取りに行ってくれた。
「五日前の怪我も、"それ"が原因だったのだな」
返事の代わりに、頷いて返す。
鬼は人の血肉を喰べることで、強さを増し何百年とも生き永らえる。
だけど私は人の血肉を喰べることなく、この檻の中で生き続けている。
尚且つ、胡蝶しのぶの毒をも喰らっているから…定期的に"その"周期が回ってくる。
「前に、杏寿郎が訊いてきた"飢餓状態"…あれと似たものが定期的に襲ってくるの」
「その度に己の体を喰らっていたのか?」
「…耐え切れ、なくて」
自分で自分の体を喰らうなんて、悍(おぞ)ましいものでしかないだろう。
それでも喉を掻き毟る程に疼く空腹には耐えられなくて、その度にこの腕に噛み付いた。
姉さんの腕に噛み付いた時と同じように。
そうすればあの夜の過ちを思い起こして、酷い自己嫌悪に陥るから。
耐え切れない空腹を治める為には、心を折るしかない。
そうして何度も繰り返せば、腕の傷は治りが遅くなった。
「そのことを知っている者は?」
頸を横に振る。
胡蝶しのぶも知らないはずだ。
もしも知られて、自分の体を喰らうことさえ制限されてしまったらと思うと、怖くて隠し通した。
これ以外に、私の身体の内側にある本能を抑える方法が思いつかないから。
「ふむ…しかし自傷で飢餓と稀血への誘惑を断ち切るとは。彩千代少女の血は、他の鬼とは何か違うのかもしれないな」
「そんなこと…ないと、思う」
私は姉さんへの取り返しのつかない過ちで、心を折ることができているだけだから。
「しかし稀血に耐えた鬼は今まで見たことがない。それもあんな血肉を目前にして」
「その稀血って、何?」
「その名の通り、"稀なる血"。珍しき血の持ち主のことだ」
人差し指を立てて、杏寿郎は"稀血"がなんであるか教えてくれた。