第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「私は──…認められません」
しんとした中庭に響く、静かなしのぶの否定。
「人は人。鬼は鬼。相交えることなどできません」
「そこにほんの少しの猶予も与えられないと?」
「与えても悲しみの連鎖が増すだけです。私があれを鬼としてしか見られないのと同じ。あれもまた人を餌として見る鬼の欲は決して消せない。いつ悲劇が起きても可笑しくない」
「しのぶちゃん…でも…」
「私への説得は無駄ですよ、甘露寺さん。例えこの二年間人を喰らわなかった事実があっても、同時に過去に人を喰らった事実もある。その禰豆子さんのように身が潔白なら猶予も与えられますが…彼女はそうじゃない」
「身の潔白、か」
ぽつりと漏らした耀哉の目は、景色を捉えずとも何かを捉えるように宙を向く。
「私は、自分が綺麗な人間だとは思っていないよ。しのぶ」
「…それはお館様ご自身の物差しです。私から見たお館様は、人の上に立つ御方。誰かを救い、道を定められる器を持つ御方です」
「そうかな。だとしたら嬉しいけれど、一つだけ忘れないでおくれ。私達は、偽善の為に鬼を滅している訳じゃない。何かを奪われ、踏み付けにされ、切り捨てられたことがあるから。その礎に生まれた信念で鬼を滅している。…私達は、神や仏ではないんだよ」
「……ええ、存じ上げております」
姉を殺した鬼が憎い。
継子を、仲間を、家族を奪った鬼が心底憎い。
その憎しみを糧としてここまで生きてきたのだから。
そんな憎悪しかない自分が、神や仏であるものか。
「例え修羅と罵られようとも、私は私の信念を曲げません。悪しき存在である鬼をこの世から滅する。それでしか人を救えない」
「…それがしのぶの答えなんだね」
「はい。私は…彩千代蛍の、斬首を求めます」
ぴんと張り詰める空気。
柱が一人でも拒否すれば、蛍の道は絶たれる。
今、その道が途絶えた。
バサッ
一つの影がしのぶの影と重なる。
はらりと落ちてきたのは一枚の黒い羽根。
「緊急! 緊急!!」
静寂を突き破るようなサイレンだった。
青々とした晴天の中を旋回していたのは、一羽の鎹鴉。