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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔



「私は…」


 数珠を擦り合掌する。
 岩柱の行冥の脳裏に浮かんだのは、ここ数週間で見た知らない鬼の顔だった。

 大層な決意がなければ知ることも許されないのかと問うてきた。
 そんな決意のない場でこそ、行冥のことが知れたのだと伝えてきた。
 あの鬼子の顔は、嫌う子供の顔だっただろうか。


「…浅ましい理由がなければ、それでいい。何もないところで、思いもかけないものが生まれることもある。あの鬼子が…真に己を見据え答えを出そうとするのなら、それを見守るのもまた一つの道」

「え、ええっと…つまり…?」

「つまり甘露寺と同じ意見だということだ」

「本当っ?」


 疑問符を浮かべる蜜璃に、小芭内が補足を付け加える。
 その色の違う両目はもの珍しげに行冥を見上げた。


(あの岩柱が鬼に寛大な姿を見せるとはな…)


 仏の顔をした修羅の如く。
 行冥の真の姿を知っていたからこその驚きだった。


「ありがとう行冥。君はやはり優しい子だ。…実弥、しのぶ。君達の意見は?」

「俺は……反対です」


 今までの流れを断ち切るかのような否定だった。
 禰豆子の時のように、声を荒げてはいない。
 しかし実弥の目は、耀哉から逸らされることもなかった。


「あれも所詮は鬼、人を喰らわぬ保証はない。呼吸を覚えようが体を鍛えようが人に群れようが、殺人の事実は消えやしない。さっきの鬼の小娘は俺の血に耐えたが、あいつは耐えられなかった。自分の体を喰らう為の牙が、いつ他者に向くかわからない」

「そうかぁ? 耐えただろ。お前が蛍の口に指突っ込んで血を飲ませた時だって、あいつは牙一つ立てなかったじゃねぇか」

「その耐えはあいつの自傷行為を生んでいる。自傷がいつ他傷になるかなんて、保証はない」

「でっでも蛍ちゃんは、一度だって私達に牙を向けたことはないわ…この二年間の時間が、その保証にはならない?」

「牙を立てたことはない、だろォ。向けたことはある。俺にはな。あいつが邪魔をしなけりゃ、腕の一本くらい喰われてたはずだァ」


 天元と蜜璃の意見にも揺るがない実弥の目が、義勇を鋭く捉える。
 何かと蛍の前に立ち、絶好の鬼の頸を跳ねる機会をことごとく防いできた。
 あの男がいなければ、蛍は実弥の前で理性の一つくらい失っていたはずだ。

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