第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「禰豆子ォ! やめろーッ!! ッか…!?」
一度ならず二度までも。
炭治郎が再び立ち上がろうとすれば、今度は実弥へと突撃することはできなかった。
背中を何者かに強打され、肺を圧迫し息を止められる。
炭治郎の背に肘打ちを叩き込み動きを止めたのは伊黒小芭内。
その隙に、実弥の刃は幾重も木箱を串刺しにした。
「出てこい鬼ィィ! お前の大好きな人間の血だァ!!」
隙間に差し込んだ刃を跳ね返して、木箱の蓋を破壊し吹き飛ばす。
唯一の隠れ蓑となっていた場所を奪われた禰豆子は、その声に応えるように血に染まった体をゆっくりと持ち上げた。
小さな子供の姿から、十四歳の少女まで次第に身長が上がっていく。
「…フゥ…フゥ、フゥ」
その口には義勇が渡した竹筒の口枷をしており、見開いた両目の眼孔は縦に割れている。
息も絶え絶えに実弥の流す腕の血を見て涎を垂らす様は、明らかに鬼の姿である。
「伊黒さん、強く押さえ過ぎです。少し弛(ゆる)めて下さい」
「動こうとするから押さえているだけだが?」
「…竈門君、肺を圧迫されている状態で呼吸を使うと血管が破裂しますよ」
ミシミシと骨が軋む音を立てる。
小芭内に押されられて尚足掻こうとする炭治郎に、しのぶは静かに忠告を向けた。
怒りで我を見失えば、不利となるのは炭治郎の方だ。
「血管が破裂! いいな響き派手で! よしいけ破裂しろ!!」
「可哀想に…なんと弱く哀れな子供…南無阿弥陀仏…」
「グ、ぅ…うう…!」
「竈門君!」
周りに炭治郎を援護する者などいない。
此処で禰豆子の命を救えるのは己しかいない。
その事実が炭治郎の疲労しているはずの体に、渾身の力を湧き立たせた。
「がぁあ…ッ!!」
咆哮のような声を上げて、血管の浮いた両腕を左右に引く。
ブチブチと引き千切られる束縛の縄に、驚いた小芭内が尚も押さえ付けようと腕を振るう。
しかしその腕は炭治郎へと届かなかった。
「!?」
手首を掴み止めたのは、今の今まで黙秘を続けていた義勇だ。
「っは…ゲホ…ッ禰豆子!」
その隙に、息も絶え絶えに炭治郎が屋敷の縁側に両手を付く。
血に染まる腕を差し出す実弥に向かってふらふらと歩み寄っていた禰豆子の足が、止まった。