第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
腹を切り、自害する。
蛍の監視としてもそんな覚悟を述べなかった義勇の決意に、その場にいた全員が声を失った。
ただ一人、炭治郎だけは俯せに押さえ付けられたまま義勇の姿を視界に捉える。
初めて義勇と出会ったのは、鬼化してしまった禰豆子にどうしていいかわからず絶望していた時。
鬼であるが故に義勇に殺されそうになった禰豆子に、太刀打ちできない炭治郎は土下座して乞うた。
どうか妹を殺さないで下さいと。
十三歳の幼い子供が涙ながらに土下座する。
しかしそこに義勇が向けたのは優しさでも同情でもなかった。
怒号。叱咤。
妹を守りたければ蹲るな、生殺与奪の権を他人に握らせるなと厳しい言葉だけを向け、炭治郎に己へと歯向かうことを促した。
そんな甘い言葉の一つも吐かなかった義勇が、己の命を賭けてまで炭治郎と禰豆子を守ろうとしている。
自分の知らないところで行われていた、自分を守る為の覚悟。
「……っ」
驚き見開いた炭治郎の両目から、透明な雫が溢れ出した。
「…切腹するからなんだと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。なんの保証にもなりはしません」
「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない。証明ができない」
それでも尚否定の意を唱える実弥に、耀哉はやんわりとそこに生まれる事実だけを述べた。
「ただ、人を襲うということもまた証明ができない」
「!」
「禰豆子が二年以上もの間、人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子の為に三人の者の命が賭けられている。これを否定する為には、否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない」
「…っ」
反論の声を詰まらせる実弥の姿は、杏寿郎も憶えがあった。
当初、蛍の斬首を求めた杏寿郎に耀哉が述べた現実。
否定する側もまた、同等の覚悟を持っていなければ渡り合うことは許されない。
鬼殺隊の頂点に立つ者の、広い視野と徹底した意志。
そこには杏寿郎も反論はできなかったのだ。
「それに炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」
「!? そんなまさか…」
「鬼でもない人間が?」
現柱ですら接触のない鬼の始祖、鬼舞辻無惨。
その男に人間として生き永らえて接触を果たしたのは、今まで誰一人いなかった。
途端に義勇を除いた、柱達の目の色が変わる。