第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
わかってる。
触れただけで私の手を溶かした藤の花だから、もし万が一顔や急所に触れてしまったら……その先は想像もしたくない。
「っ…別に死ぬ訳じゃないんだから」
自分で自分に発破をかける。
これくらいで怖気付くな。
天元と初めて実践稽古した時の方が、まだ過酷だった。
不死川実弥に追い掛け回された時の方が、まだ地獄だった。
そうだ、死ぬ訳じゃない。
少し体が溶けるくらい、どうってことない。
深く息を吸って吐き出す。
目の前の格子は藤の花で埋め尽くされているけど、格子自体は竹で出来ている。
さっきの小窓の柵よりも脆いはずだ。
勢いで押せばきっといける。
背後から迫る炎の熱気に押されるようにして、足の爪先に力を込めて。
「女は度胸だ…!」
そのまま地を蹴り駆け抜けた。
❉ ❉ ❉
ぼんやりと空を見つめる大きな両の目。
穏やかな青空に浮かぶ雲の姿は、何かに似ているような気もする。
(なんだっけ、あの雲の形…なんて言うんだっけ?)
綺麗に整理された白い玉砂利の広い敷地内で、時透無一郎はただただ空を見上げていた。
「…ぃ…!」
穏やかに過ぎていく麗らかな正午の時間。
しかし無一郎の周りは決して穏やかな空気ではなかった。
「聞いて下さい…! 禰豆子は…っ俺の妹は鬼になったけど、人を喰ったことはないんですッ!」
(…煩(うるさ)いなぁ…)
咳込みながらも、何度も声を荒げている少年が一人。
両手首を背中で縛られた状態で、俯せに倒れている。
少年の名は竈門炭治郎。
義勇としのぶが増援に向かった那田蜘蛛山で命を救った、鬼殺隊の一人だった。
その少年が何故、柱達が勢揃いしている屋敷の庭にいるのか。
(なんだったっけ…)
この場に呼び出されたのは、半年に一度の柱合会議の為だ。
しかし柱でもない一隊士の炭治郎が呼ばれた理由を、無一郎は覚えていなかった。