第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
じっと鋭い隻眼がこちらを見上げてくる。
こうして間近で目が合ったのは、初めてかもしれない。
「わっ」
すると政宗は、唐突に自ら水桶の中へと身を投じた。
ばしゃりと派手に水飛沫を上げて、黒い体に水を被り翼を広げる。
「政宗…ッ」
そのまま飛び上がり狭い檻の中で器用に縦に一回転すると、羽根を折り畳み弾丸のように炎の燃え盛る小窓に突っ込んだ。
名前を呼ぶ暇さえない。
はらりと黒い羽根を一枚だけ残して、自由な外の世界へと飛び立った。
「…すご…」
片目の傷なんてあってないようなものなんじゃ…そう思わせられるくらい見事な脱出劇を見せてくれた。
…本当、あの目の怪我は飾りじゃないの?
「って言ってる場合じゃない!」
ぽかんと見送っていたけれど、すぐに充満する熱気に我に返る。
いけない、こっちも悠長にはしていられないんだった。
水桶に突っ込んでいたままの片手をゆっくりと持ち上げる。
火に煽られたのはほんの数十秒。
なのにその手は、熱い鏝(こて)でも当てられたかのように赤黒い火傷を負っていた。
「…流石、お天道様」
私の手を焼いたのは、あの炎じゃない。
小窓から差し込んでいる陽の光だ。
理屈じゃなくて体でわかる。
それでも、あんな僅かな時間でここまで焼かれるなんて…流石、お天道様としか言いようがない。
やっぱり私の体は心底鬼なんだなぁ…。
「って言ってる場合じゃない」
力無くも切り替える。
まだここで終わった訳じゃないんだから。
振り返る。
背後には轟々と燃え盛る炎と煙。
だけど目の前の光景の方が、背筋が寒くなる。
熱気に当てられているのに、鮮やかな程に咲き乱れている不思議な藤の花々。
この目の前の花を越えない限り、神崎アオイは追えない。
…さっきの小窓みたいに勢いで壊したら、いけるかな。
「っそうだ」
咄嗟に掛け布団を手に取る。
体を覆うように背中から被さって、なるべく藤の花との接触を避けられるようにした。
これなら、いけるかも。
だけど政宗みたいに颯爽と突っ込めない。
どうしても足が怖気づいてしまう。