第4章 柱《壱》
「よく耐えたな」
其処には、初めて外に連れ出して貰った時のように、腰を折り視線を私に合わせた杏寿郎がいた。
視線が混じる。
突き抜けるような眼孔は、さっきの男と似ているようでまるで違う。
「偉いぞ」
くしゃりと大きな掌に頭を撫でられる。
それと同じように、杏寿郎の顔がくしゃりと笑った。
初めて見た、年相応のような笑顔。
初めて聞いた、認めてもらえたような言葉。
「っふ…ッ」
唇が震える。
また熱いものが込み上げそうになって俯いた。
「ああほら、そんなに泣くな。その怪我は戻って手当てしよう」
さつまいも弁当を包んでいた赤い風呂敷で、ぼろぼろと溢れる涙と口周りの血を拭われる。
杏寿郎のその手には迷いなんかなくて、血塗れの私に触れることをちっとも嫌がっていなかった。
そんな当たり前のようで、当たり前じゃない行為そのものが更に胸を熱くさせて、更に涙は溢れた。
「ぅ、ぅ…っ」
「ふぅ、む。参ったな…泣き止ませ方がわからん…」
「煉獄さん、煉獄さん、」
「なんだ? 甘露寺」
「こう、ぎゅーってして、よしよしーってしたらいいと思うの」
「ぎゅう…?」
「そう! 怖い思いをした女の子を安心させる方法よっ」
ふむ、と考え込むように頷いた杏寿郎の大きな手が、そっと背中に回る。
そのままふわりと温かい何かに包まれた。
「…人間は怖いと、君は前に言っていたな」
気付けば私の体は、杏寿郎の腕の中にあった。
すっぽりと収まる大きな腕は、初めての感覚で戸惑う。
「また怖がらせたようだ。すまない」
いつもは張るような大きな杏寿郎の声が、静かに耳元に届く。
不死川という男の刃を刀のひと振りで止めた杏寿郎の手は、優しい手付きで私の後頭部に触れた。
『大好きよ、蛍ちゃん』
そう笑っては、よく頭を撫でてくれていた姉さんの手とは全然違う。
なのに心に染み込む温かさは同じだった。
私は鬼で、この人は鬼を斬る剣士。
でも同じに、この人は"ひと"としても私と向き合ってくれたから。
「っ…な…ぃ…」
「ん?」
目の前の黒い隊服に恐る恐る手を伸ばす。
ほんの少しだけ、その布地を握り返した。
「…杏、寿郎は…怖く、ない」
この腕の、中なら。