第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
厳しい目が私に向いている。
なのに胡蝶と対峙した時のような、貫く視線は感じなかった。
この子の怒りは、私というより…自分自身に向けられているような感じがした。
叩き付けるような、怒りと恐怖の混じり合う花色(はないろ)。
責めているのは、私じゃなく自分自身だ。
「…いいからその雑巾を返して下さい」
再度差し出す手に、これ以上反対はできなかった。
ぎりぎり近寄れるまで藤の花咲く格子に近付いて、その手に雑巾を手渡す。
「大体は綺麗にしたから…もうこっちは大丈夫だよ。今日もありがとう」
「心にも思ってない礼なんていりません」
「そんなこと、ない」
「何故ですか? こんな檻に入れられているのに。本当に感謝なんて感じるんですか?」
「……」
「鬼は見え透いた嘘をすぐ付きますから」
そんなことない。違うと言いたかったけど、そこには納得できる言葉もあった。
こんな監禁生活を強要されて、ありがとうなんて普通は思えない。
生かされてるだけマシなんて…そんな、私の望みは希薄じゃない。
できるなら同じ人として扱って欲しい。
それができなくても、杏寿郎や蜜璃ちゃんみたいに、私を私として、彩千代蛍として見てくれたら。
そんな浅はかな願い。
浅はかだけど、諦めきれない願いだ。
「…そんなこと、ないよ」
「……はい?」
「鬼は嘘つきばかりかもしれないけれど…本音だって言うよ」
背を向けようとしていた神崎アオイの足が止まる。
正直過ぎるくらい本音をぶちまけてきた鬼の彼女を、私は知っている。
あれは本気で兄を慕うが故の感情だったから。
彼女──堕姫は私に、一度だって嘘をつかなかった。
そんな絞り出した小さな抵抗に、神崎アオイの顔が険しさを増す。
背を向けようとしていた体がこちらを向いて、強い目と合った。
あ…今は恐怖より、怒りの方が強いかもしれない。
「だったらなんで──」
また堰を切った怒号がくるのか。
構えた私に、それ以上の問い掛けはこなかった。
ズズン…!
「わ…ッ」
「きゃあッ」
問い掛けがくる前に、その場の空気が一変したからだ。
足場が震える。
地震のような振動が、暗い地下通路に響き渡った。