第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「…手が止まってますけど」
「あ…ごめん」
「やる気がないならいいですよ。私がやります」
「ううん、大丈夫。私やるから」
「できていないから言ってるんです。雑巾返して下さい」
「い、いいってば」
考え込み過ぎて手が止まっていたところを目敏く注意されてしまった。
格子の向こうから手を差し出してくる神崎アオイに、だけど頸は縦に振れない。
苛立っている気配は感じるけど、こればっかりは。
「元々これは私の仕事です。返して下さいッ」
わかってる。
自分の仕事はちゃんとやってくれる女の子だってことも。
だけど。
「でも…この中、入れないでしょ…?」
「ッ」
恐る恐る問えば、きびきびと返答していた神崎アオイが止まった。
色を見なくてもわかる。
だって彼女の顔は、日頃一番よく見掛ける顔。
訓練をするようになってからは義勇さんと杏寿郎が一番顔を合わせる人になったけど、それまでは神埼アオイが一番だった。
いつも私の身の周りの世話をしているから。胡蝶に命じられたことなんだろうけど、初めて会った時から文句一つ言わずにこなし続けている。
そうしてよく見掛けて観察していたから気付いた。
彼女が頑なに守っていることが一つだけあることを。
必要以上に、私に近付かないこと。
だから檻の中の掃除は、私が訓練でいない時に済まされていることがほとんどだ。
こんなふうに一緒にお手伝いできることは滅多にない。
こんなふうに、ちゃんとした言葉の交り合いをすることも。
胡蝶と似た私への嫌悪感は色で感じてたけど…それでも、鬼とも話をしてくれる女の子なんだな…。
「だから此処は私が掃除するよ。ちゃんとするから、任せて」
「……ぃ…」
「え?」
「知ったように言わないでッ!」
堰を切ったような怒号だった。
「鬼の危険性を知っているからなだけです! 貴女が怖い訳じゃない…!」
──あ
「誰が鬼なんか…ッ」
気付いて、しまった。
胡蝶に似ていて、神崎アオイの色が決定的に違うところ。
"恐怖"だ。
私に…鬼に対しての恐怖が、常に張り付いている。
それは怒りよりも勝っているから、必要以上に私へと足を向けない。
向けられ、ないんだ。