第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
強い手だった。
大きな手が、私の腕を掴んでる。
目線を上げれば、同じく強い両目を見つけた。
何をも貫きそうな強い視線を持つ──あ。
「杏、寿郎…?」
其処に立っていたのは杏寿郎だった。
夜の林の中だというのに、その身に纏う色が強くて明るさばかりか熱さえ感じそうな程。
だけど何より強い視線は、私に向いていない。
「何をしている?」
私の背後。
同じく熱風に煽られた所為か、地面に尻餅を付いている玄弥くんに向けられていた。
「ぇ…あ、」
「聞こえなかったか? 不死川少年」
いつもの張るような声じゃない。
静かに問い掛ける杏寿郎の声は、だけど柔らかさなんて一つもない。
なんだか外気に晒した背中が更に凍えるような、そんな声。
無表情のまま、ぴくりとも動かない杏寿郎の感情。
威圧が強い。
向けられていない私も感じるんだから、玄弥くんはもっと感じているはずだ。
その間に割り込むようにして、慌てて立ち上がった。
「く、訓練の一貫!」
「訓練?」
「そう! お互い了承してやってることだから。問題ないよね、玄弥くん」
「ぁ、ああ…」
ようやく杏寿郎と目が合う。
真実は言ってるから後ろめたさなんてない。
だから真正面からしかとその目を見返せば、強く感じていた威圧が不意に消えた。
「そうか! しかしその訓練とは?」
いつもの調子で声を上げる杏寿郎に、ほっとする。
でも立て続けに問われた内容には答えを迷った。
杏寿郎は、玄弥くんの特性を知っているのかな?
「オレの、鬼喰いの訓練です」
渋る私の代わりに答えてくれたのは、腰を上げた玄弥くんだ。
「少しでも自分のものにしたくて…」
「鬼喰いか…悲鳴嶼殿から話は聞いていたが」
あ、知ってたんだ。
ふむ、と考えるように己の顎に手をかける。
だけどもう一つの手は、未だに私の腕を掴んだまま放す素振りがない。
というか…ちょっと力が強い、な。
「杏寿郎…あの、手…」
「む? ああ、すまない」
恐る恐る主張すれば、ようやく解放して貰えた。
訓練時は容赦ない杏寿郎だけど、それ以外で触れる時はいつも優しかったから。
なんか、ちょっとびっくりした…。