第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「やるならさっさとやろう。部位はどこでもいいなら私が選んでもいい?」
「ああ、それは」
痛いのは嫌だからさっさと終わらせよう。
近場の岩場に腰を下ろして、利き手の腕…は、よく使う部位だから傷負わせたくないな…。
反対の腕は自分がいつも喰らってるところだから、尚の事見せられないし。
足…に噛み付かれるのは、なるべく遠慮したいかも…歩くのに支障が出る。
となると胴体?
いやお腹見せるのはちょっと…。
「そんなに悩むことかよ…」
「ちょっと待って」
向かいに座った玄弥くんに片手を向けて、うんうんと考え込む。
だって喰われるんだよ?
色々慎重になるでしょ。
「──よし」
「決まったか?」
巡り巡って考え込んだ結果ようやく決まった。
痛いのは嫌だし。あそこにしよう。
「じゃあ、ここで」
私が示したのは背中の肩甲骨の少し上。肩関節辺り。
ここならまず噛み付かれても視界に入ってこないから、痛いものを見ずに済む。
「また変なところ選んだな…」
「真剣に選んだところです」
「別にいいけど…じゃ、背中」
「うん」
玄弥くんに背を向けて着物の襟合わせを緩める。
その時点で珍しげに見ていた玄弥くんの視線の意味を理解した。
見せなくてもいい肌の露出をするのは、ちょっと…いやかなり恥ずかしいかも…失敗した。
外気に晒した背中が少し寒い。
そこに玄弥くんの息遣いを感じて、そわりと肌が浮き立つ。
「が、ガリッとしないでね…あんまり」
「しなくてどうやって喰うんだよ」
そうだけど。
鬼は犬歯が異常に発達してるから、それで肉を簡単に削り刳れる。
でも玄弥くんは人間だ。
それでも顎の力は強いから噛み破ることくらいできると思うけど…い、痛いかな痛いだろうなやっぱり。
肩関節に、微かに玄弥くんの唇の接触を感じた。
私を餌としてしか見ていないのか、その行動に躊躇は感じられない。
無意識に掛襟を握る手に力が入る。
見えないはずなのに、きゅっと強く目を閉じた。
ゴッ!
強い熱風のようなものが通り過ぎたのはその直後。
春一番なんてもの優しいくらいの熱い風だった。
「っわ…ッ」
ぐらりと傾く体が後ろに倒れる。
だけど玄弥くんにぶつかることなく、がしりと何かに支えられた。