第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
──母一人、子七人で生きてきた。
親と呼ぶには立派ではなかった父親は、他人の恨みを買い刺され、早々とこの世を去った。
それ以降貧しい暮らしばかりだったが、それでもそれなりの幸福は感じていた。
家族がいたからだ。
愛すべき者達が、傍にいたから。
細々とでも力を合わせて暮らしていた不死川家に呆気なく終わりが訪れたのは、母の手によって。
息子娘思いの気丈で優しい母親は、ある日突然殺人鬼と化した。
仕事の為に中々家に帰って来ない母は、その日は殊更に遅かった。
深夜遅くにようやく帰宅すると人成らざる動きで、出迎えた子供達を一瞬で斬殺。
そして玄弥にも大きな傷を負わせた。
止めたのは母を捜しに出ていた長男。
実弥だった。
暗い部屋の中で顔に深い傷を負い、混乱と恐怖で状況がわからなかった玄弥は奇襲を狼か何かと勘違いした。
しかし実弥は誰が何を成したのか理解していた。
だから玄弥と等しく幼い歳であったにも関わらず、実母に手を下したのだ。
『母ちゃん!? うわあああ! 母ちゃん!! 母ちゃん…ッ!!』
ようやく玄弥が人の顔が確認できる月明かりの下で目撃したのは、家を飛び出した狼と実弥。
否、血に塗れた母と兄の姿。
大きな鉈(なた)を手にした実弥によって、母親は腹部を真っ赤に染めて倒れていた。
『なんでだよ! なんで母ちゃんを殺したんだよ! 人殺し…!!』
動かなくなった母親の体を抱いて、玄弥は実弥を泣きじゃくり罵った。
一歩も動かず微動だにしない兄に、何度も。何度も。
「…何もわからなかったのはオレだったけどな…鬼になった母親に手をかけた兄貴に、オレは一番言っちゃいけないことを言った。だから…あんたが思っているような、兄弟の絆なんかオレ達にはない」
「……」
「あの後すぐ兄貴はオレの前から姿を消して、一人で鬼殺隊の柱になった。オレが鬼殺隊になっても簡単に近付けないくらい、強くて遠い存在になったんだ」
「…でも…不死川実弥は、玄弥くんのお兄さん。そこに変わりはないでしょ?」
「そんなの…肩書きだけだ」
「それでも、肩書きならある」
俯く玄弥の前に差し出される右手。
薄暗い灯りに照らされる白い肌に、鋭く伸びた鋭利な爪。
人間味はない、鬼の手だ。