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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第4章 柱《壱》



 あの時も、姉さんの声で我に返ることができた。
 姉さんの血肉を喰らって、その過ちに気付いた。

 私が正気を保つ方法なんて、それしかないから。

 腕に巻いていた包帯は牙で裂けてしまった。
 だけど口内と鼻孔に広がる自分の血肉の匂いに、強烈な稀血の誘うような匂いが薄れる。
 腹の底を鳴らしていた欲望が薄れていく。

 姉さんの血肉を喰った私の中に、姉さんの僅かな命の残像はある。
 それを喰らえば、あの日の自分の過ちを思い出す。
 そうすることで、幾度も周期的に回ってくる空腹に耐えてきた。

 私の、一生消せない罰だ。


「狂ってんなァ。自分と他人の肉の違いもわかんねぇのかァ!」


 きらりと視界の隅で何かが鋭く光る。
 底冷えするような寒気に、それは私の命を絶つものだと悟った。


「気持ち悪ィ鬼だ。死ね」


 ガキンッ!


 首筋に寒気が走った。
 だけど痛みの変わりに聞いたのは、鉄同士がぶつかり合う音。


「…なんで止める、煉獄」

「これが分別がついていないように見えたか?」

「稀血の臭いに当てられて、正常な判断がつかなくなってんだろォ。鬼共は漏れなく全員そうなる」

「ならばこの鬼は、不死川の言う鬼ではないな。刃を退いてもらおう」

「あァ?」


 張り詰めた空気に、息が詰まる。
 強い殺気を向けられて身が竦んだ。

 すぐ目の前に、私の命を奪う者がいる。

 濡れた視界でも見えた男の足元が、急に見えなくなった。
 ばさりと何かが、ぼやけた視界を遮ったからだ。
 それは炎のような模様が入った、見覚えのある羽織だった。


「退くまで何度でも言うぞ。この鬼に手を出すな」

「テメェ…頭がどうかしちまったのかァ? 鬼は滅して当然だと言っていただろうがァ」

「そうだ。人を喰う鬼は殺して然るべき。不死川の目に、この鬼は人を喰っているように見えているか?」

「…そいつは差し出された人の肉に手を出さなかった。地味でもそれが答えだろ。今回はお前が退け、不死川」

「っう…蛍、ちゃ…っ」

「じゃねぇと甘露寺まで泣き出しちまうわ…勘弁してくれ」


 張り詰めた空気が、やがて誰かの舌打ちで止まった。

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