第4章 柱《壱》
欲しい。喰べたい。
噛み付きたい。飲み干したい。
からからの喉を潤して、空っぽの胃を満たしてくれる。
それはあの血肉でしか与えられないものだ。
「欲しけりゃ、地面に這い蹲ってむしゃぶりつけよ」
言われるがまま、膝を付いて真っ赤なそれに手を伸ばした。
触れた細い腕は、死後硬直で硬かった。
だけど噛み千切るには十分な硬さだ。
繊維が剥き出しの真っ赤な肉片が、滴る血が、極上のご馳走のように見えて唾液が溢れた。
ずっとこれが欲しかった。
稀血がなんなのか知らないけれど、今まで嗅いだことのない匂いに食への欲が増す。
周りの目なんて気にならない。
周りの声なんて聞こえない。
唾液を垂らしながら、切断された腕の側面に牙を向けた。
『…ごめ…ね…』
──────あ
『…ひもじ…思い、ばかり…させ、て…』
あれは…あの声は
あの、涙は
『…ごめ…ね…蛍…』
「っ…あ、ぐ…」
「あァ?…何やってんだテメェ」
「蛍、ちゃん…?」
目の前の肉に喰らい付く。
牙で裂いた皮膚は破け、真新しい血が噴き出した。
それでも咀嚼を止めなかった。
「ふ、く…ぐ…っ」
血を吸い上げて、肉を喰らって、骨が軋む音がしたけど構わなかった。
あの時と同じだ。
あの時もこうして、姉さんを、
「…こいつ…自分の、腕を、」
遠くで誰かの声がする。
それより鮮明に私の耳に届いたのは、あの時の姉さんの声だった。
私は、姉さんに牙を向けたのに。
姉さんは、ごめんねと謝ったんだ。
ひもじい思いをさせて。
お腹いっぱい食べさせてあげられなくて。
ごめんねと。
「ぅ、く…ッ」
許されないことをしたのは、私の方なのに。
「ぅ、うう…ッ」
目の前が濡れてぼやける。
涎と共に滴る何かが頬を濡らして、蹲ったまま自分の血肉を飲み込んだ。