第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
(──あ、此処だ)
襖の隙間から溢れる部屋の灯り。
その前で足を止めると、蛍は遠慮がちにそう、と声を掛けた。
「玄弥くん。いる?」
返答はなかったが、明らかに襖の向こうで動揺した気配を感じる。
この広い岩柱邸にいる人間は、当主である行冥とその継子である玄弥しかいない。
人の気配を捜して玄弥の部屋を見つけ出すのは容易かった。
「開けてもいい?」
『な、なん…っ』
「あ。悲鳴嶼さんには、許可を取ってあるから」
『は!?』
「じゃあ開けるよ」
すっと襖を横に開けば、蛍が想像していた通りの表情を浮かべた玄弥が部屋の中心にいた。
足元に広げている大きな風呂敷の上には、細かな部品が沢山並んでいる。
拳銃だろうか。それを手にしているところ装備の点検でもしていたのだろう。
「それ…もしかして、鉄砲? すごい、本物?」
「っじゃ、なくて」
「あ。こんばんは。え。こんにちは? おはようには早いよね…」
「じゃねぇよ! なんで普通に入って来てんだよっ!?」
「え? 駄目なの? じゃあ出入りからやり直し…」
「そういう問題じゃねぇよ!」
襖を閉めてやり直そうとする蛍に、即座に待ったをかけた玄弥がその肩を掴む。
「深夜に屋敷をうろちょろするな! 悲鳴嶼さんに迷惑だろ入れ!!」
「わっ」
あれよあれよと引っ張り込まれ、畳の上に正座するまで数秒と掛からなかった。
「身形は整ったんだろ。なんでまだ此処にいんだよ」
「あの岩風呂ね。すっごく気持ちよかった」
「ならもう満足だろ」
「でも、今日は泊まっていいって。悲鳴嶼さんが」
「は? 悲鳴嶼さんが?」
「うん。今日だけだけど。だから玄弥くんの所にお邪魔するのも、今日だけだから許してくれる?」
「というか…なんであんたはそんな普通なんだよ」
「? 何、普通って」
「……」
押し黙る玄弥にとって、それは口にし難いことなのか。持っていた銃を風呂敷に置くと、頸を掻きながら気まずそうに視線を逸した。
「あんな…こと、なったばっかだろ…」
(あんなこと…?)
蛍の脳裏に過ぎったのは、つい数時間前の出来事。
土砂降りの中で玄弥の叫びを聞いたことだ。