第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「今こうして此処で言葉を交わせているのも、今此処に私が立っていられるのも、あの初詣のことがあったから。それは然るべきものを求めて貰えた結果じゃない」
「……」
「それと同じ。玄弥くんのことも、ただ知りたいだけ」
蛍を見ていながら、見ていなかった目。
蛍に罵声を飛ばしながら、自分を詰っていた声。
「話せることがあるなら、話したい」
玄弥が蛍の下へ一人足を向けたのは決して慈善行為ではないだろう。
蛍に向けた言葉の端々が確固たる証拠だ。
訊きたかったことがあったはずだ。
知りたかったことがあったはずだ。
だから蛍にあんなにも真っ直ぐな思いをぶつけてきたのだ。
「何故そこまで玄弥に…」
「さっきも言いました。理由なんて、ない」
強いて言うならば。
(玄弥くんは、なんだか"剣士"とは少し違う。そんな感じがした)
それは蛍にだけ感じる奇妙な感覚だった。
上手く言葉にはできない。
しかし歩み寄ろうとするだけの何かが彼にはある。
「…それは…お前自身の勘か…それとも鬼子としての勘か…」
「?」
「問うたところで答えは出まい。…いいだろう」
ジャリ、と数珠を握る手を静かに合掌し、行冥は僅かに頭を下げた。
「外は一日雨。今宵はこの屋敷に泊まりなさい。屋敷内であれば常に私が見張っていられる。それならお館様も納得して下さるだろう」
「い、いいんですか?」
「ああ。今宵だけなら。それなら…この屋敷内を自由に歩き回ることを許可する」
それはつまり、玄弥の下へ足を向けてもいいということだろうか。
そう目で問い掛ける蛍に、行冥は明確な答えを口にしなかった。
「責任は全て己が持て。であれば進む足を止めるものはない」
しかし蛍の背を押すには十分なものだった。