第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「鬼子の入浴というものは随分騒がしいものなのだな…」
「す、すみません…」
「相手は一羽の鴉だ。そう荒立てることもないだろう」
「すみません…っ」
「しかし脱衣所まで羽根と泥が」
「すみませんん! ちゃんと綺麗にしますッ!!(だからそれ以上静かに突っ込んでこないで!)」
風呂から上がり、ほかほかと血色の良い顔。
を、がばりと土下座する勢いで頭を下げる蛍の顔は、羞恥で尚赤い。
普段はこんな子供のような素行の悪さは見せない。
それなりに常識を持ってマナーは守れるというのに、あの鴉が全て悪いのだ。
恨めしそうにちらりと見上げる蛍の目に、大人しく行冥の肩に停まっている政宗は知らん顔。
どの鴉よりも性格が悪いと罵りたくなる。
「そ、れより…あの、お風呂、ありがとうございました…」
しかしながらここはまず我慢である。
ぐっと拳を握って、何よりもしなければならない礼を行冥に向けた。
「だけど、その…」
「案ずることなかれ。鍛錬により泥に塗れた鬼子を風呂に入れただけのこと。事情が事情だ、お館様もお許しになる」
「けど、あれは鍛錬と言うより…」
「玄弥の行いの所為だ。師である私に責任がある」
「! 玄弥くんは別に…っ」
「言ったであろう。玄弥に近付くなと」
(ち、近付いたのは玄弥くんからなんだけどなっ)
とは、静かに重厚ある声を向けてくる行冥に面と向かっては言えず。何度か口を開いては閉じ、蛍は言葉を選ぶようにして僅かに頭を下げた。
「…ごめんなさい」
「その謝罪はなんの為に?」
「玄弥くんに近付いたこと。…でも私、玄弥くんのことが知りたい」
初めは兄である実弥への突破口を見つける為だった。
しかしあの土砂降りの中で見た、玄弥の泣いていないのに泣いていた顔が忘れられない。
「知ってどうする」
「それは…それから、考える。相手を理解する為には、必要な一歩だと思うから」
「理解してどうする」
「…それから考える」
「全てにおいて曖昧だな、鬼子よ。決意が足りない」
淡々とだが責めを緩める隙を見せない。
仏のような顔をしながら諭す行冥に、それでも蛍は折れなかった。
ぐっと拳を握る。
「それじゃ、駄目なの?」