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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔



❉  ❉  ❉

 ピチャン…


 湯気が立ち込める熱い空気。
 外の雨音とは似ても似つかない静かな雫音。
 ほう、と漏れた溜息が静寂の中で奏でる。

 悲鳴嶼行冥の山奥にある屋敷だった。
 岩柱の名に沿うような、立派な黒々しい岩風呂の中。
 その隅で岩に背凭れながら湯船に浸かっているのは、脱力している蛍だ。

 何ヶ月ぶりかと思われる熱い湯船に自然と力が抜ける。


「(気持ちいい…)っじゃない!」


 うっとりと綻んでいた表情が戻るのは一秒にも満たない速さだった。
 ばしゃりと湯船を揺らして己に突っ込む。

 いくら土砂降りの中玄弥に押し倒され泥塗れになったとて、柱の屋敷で休むことは原則禁止されている。
 義勇にも口を酸っぱくして注意されていたことだ。


「…バレたら殺されるかもしれない」


 両手で顔を覆って意気消沈。
 柱合会議を迎える前に死刑にされてしまうかもしれないと、本気で一抹の不安を覚えた。


(いやでも、お風呂に入れって言ったのは悲鳴嶼行冥だし)


 バチャッバチャッ


(お館様の忠告を聞いてるはずの悲鳴嶼行冥からの指示だし)


 バチャッバチャッ


(これは許される、かな)


 バチャッバチャッ


「…あの。」


 真剣にうんうんと悩む蛍の耳を刺激してくる騒音が一つ。
 尚且つ、飛び跳ねた泥水が掛かってくる始末に素知らぬフリはできなかった。
 ジト目で蛍が見る先には、桶に溜まった湯で体を洗う黒い鳥。


「行水するならもう少し離れてしてくれませんか」

「アホー」

「阿呆言うなし!」


 岩柱邸に招かれた蛍にちゃっかり同行し、ちゃっかり共に入浴している。
 鎹鴉の政宗である。


「会話になってないからそれ。というか政宗、雄でしょ? 今は女の私が入ってるんだから少しは遠慮し……何その目」

「…ハッ」

「いや笑うなし! というか人語話さない癖にしっかり鼻では笑うってどういうこと!?」


 薄暗い天井に響く蛍の声。
 何事かと行冥が声をかけるまで、それは暫く続いた。

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