第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「それくらいで諦めんなよ…だからって喰っていい訳ねぇだろ…」
堰を切ったように飛ばしていた玄弥くんの怒号が沈む。
力無く項垂れた手から滑り落ちた番傘が傾いて、その頭を雨が濡らした。
まるで心の奥底から冷えていくような感覚だった。
玄弥くんの力無い言葉が、私の芯を冷やしていく。
そうだよね…だからって、喰べていい訳がないよね…許される訳が、ないよね。
「…私が、もし」
謝罪も弁解も何か違う気がして。岩に差し込んでいた番傘を抜いて、目の前で立ち尽くす高い背丈に歩み寄った。
「玄弥くんの家族を喰べた鬼なら、」
伸ばした手で、番傘を濡れる玄弥くんの頭にかざす。
「玄弥くんに、殺されたい」
…人である姉さんの手で、鬼である私を殺して貰えたなら。
それが一番、救われるような気がする。
「ッ…!」
だけど玄弥くんの反応は予想とは違っていた。
驚き見てきたかと思えば、カッと目尻を釣り上げる。
途端に大きな手で頸を鷲掴まれた。
急なことで驚いた体が、背中からどしゃりと泥地に落ちる。
「ふざけんな…! 殺すってなぁ…! 家族なんだぞ! 簡単にできる訳ねぇだろ! どれだけの思いでその手にかけたのか、あんたにわかるのかよ…!」
「ッ…」
みしみしと頸を締め付けられる。
苦しい。息ができない。
だけど抗う気はなかった。
手にかけた、って…
土砂降りの雨の中。玄弥くんに押し倒されて頸を締められてるから、言葉は途切れ途切れにしか拾えない。
それでも拾えた。
これは、玄弥くんの、
「どれだけの覚悟を負うつもりで…! それを…っ他人がどうこう、言っていい訳ねぇのに…ッ」
涙、だ。
「オレが…ッそんな、こと」
真上から落ちてくる幾つもの雨。
その中に、温かい雫を感じた。
気の所為だったかもしれない。
でもやっぱりそれは玄弥くんの涙のように感じた。
私を責めてるんじゃない。
さっき私越しの別の鬼に問い掛けていたのと同じ。
今、玄弥くんが責めてるのは私越しの、自分だ。
玄弥くんの色は絹鼠色(きぬねずいろ)。
兄である不死川実弥とは全く違う色。
でも誰だって馴染みのあるその色は、視界の邪魔をしない。優しい色。
そこは不死川実弥と同じだった。