第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
玄弥くんの表情や声は、私を責めるような問い掛けじゃなかった。
純粋に知りたいという欲に見えた。
でもだからこそ尚の事言葉が刃に変わる。
当然だ。それが人の心理だから。
だから鬼が人を喰う不道徳なことに怒りや憤りを感じる。
当然の、ことだ。
「オレ達のことがわからなくなるのか? 家族だってこと、忘れて…」
おれたち?
言葉は失ったまま、未だ答えは見つけられない。
だけど玄弥くんの迷いが見えるような表情に、ドクドクと脈打っていた心臓が少しだけ落ち着いた。
「だから…喰っちまう、のかよ…」
…わからないけれど…玄弥くんの言葉は私に向いていて、私に向いていない。
私越しの誰かに向けられているような気がした。
もしかしたら…玄弥くんの人生に関わった、鬼?
「……」
息を吸う。
深く一度だけ深呼吸をして、慎重に唇を開いた。
「わからなく、ないよ」
「!」
「鬼になっても、憶えてる。朧気だけど…大好きなひとの匂いや、体温や、色」
私は、他の鬼とは違うらしい。
どんなふうに違うのか、まだはっきりとはわからないけど、でもきっと最初は同じだったはずだ。
玄弥くんの見た鬼と、私は、きっと。
「だったらなんで…」
「でもそれ以上に、血の匂いと温かさと色が、世界を塗り潰す」
右も左も、敵も味方も、餌も人も、わからなくなるくらいに。
「殺せと誰かの声がする。喰らえと体が先に求める。…だから止められない」
「…んだよ、その声って」
「わからない」
「んだよ、体が求めるって。人間が意志を持てるのはなんの為だよ…っ」
「……」
「止められないってなんだよ…! なんでそんな簡単に諦め切れんだよッ」
私に向けての言葉じゃない。
なのにその言葉全てが刃のように降り注ぐ。
胡蝶の時とは違う。
彼女も正論を向けていたけど、こんなにも感情を露わにはしなかった。
諦めた訳じゃない。
欲に従った訳でもない。
そんなこと考える余裕もないくらいに、頭も体も支配されるんだ。
きっと玄弥くんには理解できないことなんだろう。
もしかしたら…鬼はそう成ってしまった時点で、人とは根本から違う存在になってしまうのかもしれない。