第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「なんで…あっ」
腕が緩んだ隙を突かれて、政宗が逃げ出す。
雨の中舞い上がる黒い姿は、忽ち木の後ろに周って見えなくなった。
あちゃ…逃げられた。
「えっと…それで、なんで此処に?」
逃げてしまったものは仕方ない。
改めて玄弥くんに向き直れば、まじまじと三白眼がこっちを見ている。
…何?
「…傘、あったのか」
「え?」
「此処は雨を凌げる場所がねぇから…」
あ。
見れば、差したものとは別にもう一本の番傘を玄弥くんは持っていた。
もしかして…私の為に持ってきてくれたの?
「それ、私の為に?」
「っ悲鳴嶼さんが、ぼやいてたから仕方なくだ。此処で勝手に修行して勝手に倒れられても困るからな」
目を逸らして早口に告げる玄弥くんから、伝わるのは不器用な優しさ。
…もしかして鬼である私のこと…嫌ってたり、してないのかな。
「ありがとう。でも私は鬼だから大丈夫。風邪を引いたりなんてしないから」
そう伝えれば、じっと三白眼の目が…す、凄い、じっとこっちを見てくる。
何、かな?
「ええ、と…」
「…悲鳴嶼さんから聞いた。あんたが鬼になったことと、鬼殺隊にいる事情」
そう、なんだ。
柱は私の鬼になった経緯を知ってたみたいだから、悲鳴嶼行冥も例外じゃなかったらしい。
「あんた…家族を、喰ったんだってな」
それは責めるような声じゃなかった。
ぽつりと、事実をただ述べるような声。
でもその言葉に何も返せなくて声が詰まる。
ザアアアアア
雨音は止まない。
なのに何故か、玄弥くんとの間の沈黙が静かに重く感じた。
無言は肯定と同じになる。
でもその通りだ。
私は姉さんを喰ったから。
否定なんてできない。
何も言い返せない私に、意を決したような玄弥くんの目が向く。
「どう、感じてたんだ」
え?
「家族を喰った時。あんたは何を考えてた?」
何、って。
「どう思って、何を感じて、そんなことしたんだ。そこに罪や後悔は何もなかったのか?」
まるで体を突き破られるような問いだった。
こんなに真っ直ぐ、そんな疑問を向けられたことはない。
でもきっと人間なら誰だって抱く疑問だろう。
「……」
言葉に、ならない。