第4章 柱《壱》
目の前の男から視線が逸らせない。
濃いその匂いから意識が逸らせない。
どくどくと血管が沸き立つ音に邪魔をされて、蜜璃ちゃんの声が掠れて遠くに感じる。
男が纏っている匂いも味も、私は知っている。
これは──血の匂いだ。
「ふっ…ふ…」
「蛍ちゃん? どうしたのっ?」
「あァ、お前もしかして欲しいのか? コイツがよォ」
「!」
不死川という男が徐に懐から取り出した"それ"に、目が釘付けになる。
「不死川…それは、」
「今回の討伐先で見つけた"餌"だ」
人の腕だった。
まだ液状の血を滴らせている、小さな子供の腕。
目の前の草原に置かれたそれから、強烈な匂いが鼻孔を刺激してくる。
知っている。
その匂いも味も私は知っている。
なのに何故か初めて嗅いだ感覚がした。
「ぅ…ッふ、うっ」
舌の根が乾く。
なのに唾液は止まらなくて、口枷で半開いた唇の隙間からぽたぽたと滴り落ちた。
まずい。
でも可笑しい。
周期はまだなのに。なんでこんなに疼く?
「欲しいかァ? 欲しいよなァ。喰いたいよなァ。なんせ稀血なんだからよォ!」
まれ、ち?
「鬼共が寄って集って殺し合いをする程に奪い合ってた、稀血の子供だ。女子供も見境無しに、テメェらは己の欲求の為にだけ命を奪い踏み潰す。どうだ煉獄。その腕に涎を垂らしている鬼が、今此処で生きてる価値はあんのかァ?」
「……」
「ど、どうしようっ蛍ちゃ…っ」
「黙れ甘露寺。手を出すなよ」
「でも宇髄さんッ」
「不死川の言うことは間違っていない」
蜜璃ちゃん達の会話が耳に入ってくるけれど、何を言っているのかよくわからない。
全身の細胞は目の前の切断された細い腕にだけ向いていて、気付けば踏み出していた。
喉が乾く。腹が空く。
あれから何も、喰べていない。
欲望に突き進められるまま噛み締めた口枷が、ばきりと音を立てて割れた。
「っは…ぁ…」
解放された口元に、大きく息を吸い込む。
舞い込んできた強い血の匂いに、くらりと頭が揺れた。
あれが、欲しい。