第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
ドドドドドド
激しい滝の一打一打に耐えながら、合掌したまま足元に集中する。
見なくてもわかる。
まるで自分の手足のように、そこに"在る"感覚がわかるから。
這い上がってくる。
足の裏から、膝、腿、腰へと。
やがて胴体に巻き付き、じわじわと手を伸ばしてくる。
肌を這い、求める先は──私の両眼。
視界をも黒く塗り潰さんとするように、それはいつも眼を求めた。
「…っ」
ここまでくると制御が難しい。
欲が理性に負けるように、影が勝手に体を覆い尽くそうとするからだ。
その時になって初めて感じる微かな恐怖。
もしこれが私の感覚を全て支配したら、どうなるのか。
じわじわと伸びる無数の影が、涙袋まで伸びる。
あと、ほんの少し。
ほんの少しで、視界を失くす。
「ッは…!」
その間際で、張り詰めていた呼吸を吐き出した。
一気に開放される感覚に、体を覆い尽くしていた影が消える。
強い滝の一打に流されるようにして、力の抜けた体は川岸まで流された。
「ぷは…っ」
全身ずぶ濡れのまま岸に上がる。
この瞬間が一番嫌いだ。
濡れた体が外気の温度に慣れるまで、底冷えするような寒さが肌を突き刺す。
うう…寒い。
今日はもうこれくらいで続きは明日にしよう…着替えたい。
「ひっきし!」
「アホー」
鼻を啜りながら着替えを置いていた岩場まで戻れば、夕方に聞くような鴉の一鳴き。
だけど夕日の中を帰路に着くように飛び立つ鴉の姿はない。
代わりに、岩場に停まっている鴉が一羽。
「…今、阿呆って言った?」
呼び掛ければ、相も変わらず無反応。
でも絶対阿呆って言った。
そういう意味で言った。
鴉の瞑った片目には傷跡が一つ。
この鴉は、私の檻で伝達係として身を置いている鎹鴉だ。
それが何故此処にいるのかというと。
「もう今日の訓練は終わらせるからね。いいでしょ」
杏寿郎が私の監視として付けたのが、この鎹鴉だったからだ。
報告するように伝えてもやっぱり無反応。
話せるのに話さないなんて中々性格が天邪鬼だと思う。
でも人ではなく鎹鴉を監視に選んでくれた杏寿郎には、私への信頼が感じられた。
だから文句なんて言わない。
例え毎回無視され、今みたいに暴言を吐かれようとも。