第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
すん、と少年の鼻が鳴る。
涙を啜ったのではない。
目の前の匂いを嗅いだのだ。
(小さな体から、抱えきれない程の大きな悲しみの匂いがする…)
少年は鼻が利いた。
単に犬のように嗅覚が優れているという訳ではない。
その者の気配を、感情を、心を、少年の鼻は嗅ぎ分けることができた。
目の前の頭のない、血に塗れた小さな鬼の体。
そこからは酷く悲しい匂いがする。
「……」
転がり落ちた頭。
逆さまに反転した世界を見る累は、その光景に目を見開いた。
哀しみに満ちた目で、少年が片手で妹を抱いたまま、残った手を伸ばす。
そっと触れたのは、目の前の朽ち果てていく累の体だった。
労るように、背に手を添えて。
その手の温かさは、離れた場所に転がる累の頭にも伝わった。
偽りの優しさではない。
心からの慈悲。感情。
温かい。
陽の光のような優しい手だった。
『──累』
ようやく、はっきりと思い出した。
自分を呼ぶあの愛おしげな声が誰だったのか。
病弱な体を持って生まれても尚、異型のような姿に成り果てても尚、死ぬまで愛し尽くしてくれた両親の声だ。
(俺は…ぼく、は…)
忘れかけていた後悔と懺悔の思いが蘇る。
謝りたい
ごめんなさい
ぼくが全部悪いから
だからどうか、許して欲しい
「でも…山ほど人を殺したぼくは…地獄に行く…よね…」
体と同じく、ぼろぼろと崩れ落ちていく累の顔。
そこから紡がれる小さな声は、幼く、拙い。
ほんの十歳の子供のように。
「…父さん…と…母さんと、同じところへは…」
ぱきりぱきりと音を立て。
はらりはらりと崩れゆく。
その髪も、目も、唇も。
「…行けない…よね…」
ぱきん、と唯一残っていた上唇が、縦に割れた。
一緒に行くよ
地獄でも
空耳かと思った。