第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
少年の名前は累と言った。
遡ること、凡そ二十余年前。
暖かい部屋に温かい食事。
人として育つには十分な家系に生まれた少年は、しかし生まれつき体が弱かった。
走ることはおろか、歩くことさえままならない程だった。
肌は不健康に蒼白く、段々と老人のように白く変わる髪色に、周りの人間は薄気味悪いと目を逸らした。
数ある名医に診て貰ったが成果は一つもなく、ただただ代わり映えのない毎日を布団の上で過ごす日々。
『可哀想に。私が救ってあげよう』
そこに手を差し伸べたのが鬼舞辻無惨という男だった。
息も上がらず走れるようになった。
床に伏せず何日でも起きていられるようになった。
しかしそんな累を見ても、両親は喜ばなかった。
鬼と成り強い体を手に入れた代わりに、息子は陽の光に当たれず人を喰わねばならなくなったからだ。
『なんて…なんてことをしたんだ、累…!』
『ああ、神様…!』
ある日、空腹に耐え兼ねて家に訪れた知らない男を殺した。
頸を裂き腹に喰らい付いて、まだ温かい血を啜った。
隠すつもりはなかった。
累にとって両親は家族。
そこに取り繕う気はない。
しかしその光景を目の当たりにした父は青褪め、母は泣いた。
──昔、素晴らしい話を聞いた
川で溺れた我が子を助ける為に、死んだ親がいたそうだ
俺は感動した
なんという親の愛
そして絆
川で死んだその親は見事に〝親の役目〟を果たしたのだ
それが親というもの。在るべき姿。
そう信じて止まない累の目の前で見せた親の姿は、理想とは余りにもかけ離れていた。
両目に大粒の涙を耐え、歯を食い縛り刃を向ける父。
顔を覆い現実から目を背けるようにして、累を目に映すことなく咽(むせ)び泣く母。
何故自分を殺そうとするのか、わからなかった。
唯一理解できたことは、殺らなければ殺られるということだけ。
気付けば、父と母も男と同じように血溜りの中で事切れていた。