第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
驚き見上げる少年の反応に、義勇は目を向けなかった。
向けておくべき相手は目の前にいる。
逸らされることなど許されない。
それ程に神経の詰め寄る相手。
白目を真っ黒に染めた瞳。
その左眼には【下伍】と文字が刻まれている。
下弦の伍(ご)。
やはり相手は十二鬼月だった。
とどめを刺そうとしたことを邪魔されたのが気に喰わなかったのだろう。白い肌の上で、めきめきと血管が浮かび上がる。
真っ赤に染まった両手を前に突き出すと、何処からともなく大量の糸が現れた。
ギュルギュルと神経を障るような音を立てながら、鬼の前に網を張り巡らしていく。
見るからに巨大な技がくる。
それを察知しつつも、義勇は庇い立つ少年の前から足を退かなかった。
「──…」
唇一つ動かさず、全集中の型を取る。
凛と静まる空気。
義勇をバラバラにしようと一斉に網を張った糸が襲いかかる。
〝水ノ呼吸──[[rb:拾壱ノ型〟
音はない。気配もない。
波紋一つ広がらない無の水面の上に立つように。
〝凪(なぎ)〟
襲い掛かる糸は全て、義勇に触れる手前で消滅した。
「!?」
目を剥く鬼には何が起きたのかわからなかった。
相手は握った刀を振るっていない。
まるで自ら溶けるように、糸はばらばらに散ったのだ。
(なんだ? 何をした? 奴の間合いに入った途端に糸がばらけた)
最硬度の糸を練ったつもりだった。
自分が編み出せる中で、最も強いものを。
(そんなはずはない。そんなはずは。もう一度…!)
血に染まった両手を再度義勇へと向ける。
目の前に立つ半柄羽織の鬼狩り。
その羽織が、何故か左の模様柄しか見えない。
音もなく間合いを詰めている。
そう鬼が悟った時には既に、義勇の刀は頸を両断していた。
水の呼吸、拾壱ノ型。
それは義勇の師である鱗滝左近次が教えた水の呼吸の型を、更に越えるものだった。
義勇自身が生み出した技であり、全ての攻撃を無効化する。
無風状態の海の上に立ち、鏡のように反射する水面に立つように。
全てを凪ぎ、無に帰す。