第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
唇を微かに開く。
音もなく紡ぐ呼吸は水の型。
〝水の呼吸──肆ノ型〟
目前へと迫る鬼の巨体を前に、ようやく義勇も踏み出した。
一歩。同時に下から振り上げた刀身から、打ち上げる波間が広がる。
うねり飛沫を上げ押し流す。
その複数の波の刃は鬼の腕を、足を、胴を、頸を。
静かに、しかし瞬く間に斬り払った。
技名は〝打ち潮〟
ぼとぼとと宙から舞い落ちる肉片。
既に息の途絶えた鬼の亡骸の前で、静かに刀を鞘に収める。
(す…すげぇ…!)
一部始終を見ていた猪頭の隊士が、息絶え絶えにどうにか体を起こした。
猪の頭部を被った少年。
彼の名は嘴平 伊之助(はしびら いのすけ)と言った。
鬼殺隊に入ったばかりの新人であり、本来ならば育手により呼吸法を身に付けるはずが、この少年は野を駆け山を走り一人で身に付けた。
最終選別に選ばれたのも偶々山中で居合わせた鬼殺隊隊士を打ち負かし、その装備を奪い参加した為。
故に元から身に付けている戦闘能力は高く、潜在能力も常人より群を抜いている。
そんな天賦の才を持つ伊之助でさえも、全く歯が立たなかった異型の鬼。
それを義勇は日輪刀の一振りで滅したのだ。
(格が違う。一太刀の威力が違う。天地ほどの差がある。あの硬い化け物を豆腐みたいに斬っちまった…!)
猪の目玉の穴を通じて、顔色一つ変えない義勇を伊之助は食い入るように見つめた。
(すげぇすげぇすげぇッ!!!)
酷い怪我を負わされ虫の息だったにも関わらず、わくわくと弾む鼓動に呼吸が荒くなる。
ふんす!と猪の鼻から息を吹き出すと、伊之助は義勇の前に躍り出た。
「おい! お前!」
「……」
「お前だよ半半羽織!!」
足は止めたものの言葉は発さない。
静かに目を向ける義勇に、仁王立ちした伊之助が高らかに叫ぶ。
「オレと戦え!!!」
それは助けに来たはずの義勇に向ける宣戦布告だった。
「あの十二鬼月にお前は勝った! そのお前にオレが勝つ!! そういう計算だ!!!」
何がどういう計算なのか。
無言を貫く義勇に、胸の前で腕をバッテンに交差させると立てた親指で伊之助は自身を差し示した。
「そうすれば一番強いのはオレ!! そういう寸法だ!!!」