第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
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ザザザザ
草地を揺らす。
先程まで控えていた足音を消すことなく義勇は走った。
音を立てるのには意図がある。
何処かに潜んでいるであろう、鬼を引き寄せる為だ。
しかし日輪刀の鍔に親指を掛けていつでも抜刀できる状態の義勇に、挑もうとする者はいなかった。
人の気配。血の臭い。
僅かな糸を手繰り寄せるようにして、脇目も振らず走り続ける。
(──いた)
ようやく感じ取った鬼の気配。
それはあの血肉の繭玉で感じたものとは違っていた。
それ以上に歪(いびつ)で重い。
感じ取った気配をそのまま形にしたかのような、異形の鬼が其処にいた。
悲鳴嶼行冥さえも越える、3m近くはありそうな背丈。
屈強な体には肩や腰から鋭い爪のようなものがずらりと生え、白髪を靡かせるその鬼の顔は人と呼べるものではなかった。
十八もある白目のない黒く丸い眼球。
喰み出すもの全てを細かく切り刻みそうな程の、無数の鋭い牙。
屈強な体からして男だとわかる。しかしそれだけだ。
感情の一つも見えない異型の顔は、まるで昆虫と鬼を融合させたようなものだった。
その鬼は片手で何かを掴み上げていた。
鬼にとっては子供のように体格差のある相手。
頭に猪の頭部を被った、上半身裸の人間だ。
(隊士か)
隊服は着ておらず顔もわからなかったが、その両手に持っている二本の刀は日輪刀。
しかし力無く両腕は垂れ、毛皮の猪の口からは赤い血液が垂れ出している。
鬼に頭を鷲掴みにされているその隊士は既に虫の息だった。
日輪刀を抜き様に一振り。
巨大な異型の鬼と猪頭の隊士の横を走り抜けた時、その刃は既に獲物を断ち切っていた。
「ギャアゥうウう!!!!」
人とも思えない叫び上げる異型の鬼。
その丸太のように太い腕が、真っ二つに断ち切られた。
どさりと地面に落ちる、鬼の腕と猪頭の隊士。
しかし猪頭が起き上がる前に、めきりと鬼の腕は切断面から新たな腕を生やした。
(高速再生。こいつも中級…中の上と言ったところか)
足を止めて冷静に分析する義勇に、鬼が太い腕を伸ばして襲いかかる。
対する義勇の足はその場に留まったまま。