第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
右へ左へと賢明に飛び交う。
そんな雀へにこにこと笑顔を向け続けるしのぶに、義勇は溜息をついた。
「そんな雀と遊んでいる暇は…」
大きな樹木の先へ進む。
しかし同時に義勇としのぶは足を止めた。
「…これは…」
「糸、ですかね…」
其処は今まで歩いてきた獣道と変わらない林の中。
ただ一つ違うのは、木々から垂れ下がっている巨大な糸の玉だった。
幾重も細い糸が巻き付けられ、人一人優に入れそうな大きさの玉が幾つもぶら下がっている。
暗い森の中でひっそりと現れた、不気味な光景だった。
「粘り気がある…まるで蜘蛛の糸みたいですね」
玉から垂れた細い糸先にしのぶが触れる。
ねちょりと肌に纏わり付く感覚は、その生物の生み出す糸と酷似していた。
しかし優に太さも長さも巨大だ。
「大きな蜘蛛でもいるのかしら」
「…本気で言ってるのか?」
「嫌ですね。冗談通じないんですか? 冨岡さん」
顔の位置まで垂れている一つの糸玉に歩み寄ると、しのぶは困った顔で義勇を見た。
すらりと日輪刀を腰から抜く。
しのぶの日輪刀は、一般的な刀に比べて錐(きり)のように刀身が細い。
腕力のないしのぶでも十分に振れるだけの刀として精製された為だ。
ヒュッと風を切る音を奏でて一振り。
すると忽ちに糸玉に綺麗な亀裂ができた。
横一閃。
斬られた隙間から、重力に負けて糸玉が崩れ大きな口を開ける。
どろりと垂れ出てきたものは形容し難いものだった。
強い異臭が二人の鼻を突く。
肉を腐らせたような悪臭に、赤黒い液状化の何かがぼとぼとと地に落ちた。
「なんでしょう、これ…人の血?」
「……いや」
カツンと小さな固形の何かが地を打つ。
糸玉から出てきたそれに、義勇は異臭に顔を顰めることもなく膝を付き顔を近付けた。
赤黒い液状の中できらりと光るそれは、小さな石ころのようなものだった。
錆びたように赤黒く変色しているが、義勇の目は僅かな輪郭を捉えていた。
「…藤の花」
「藤?」
大きく欠けたその石は何かが刻まれている。
全貌はわからずとも知っていた。
同じものを身に付けているからだ。
柱のものは、隊士とは異なり金色に染まっている。
それは真っ黒な隊服で輝くボタン。
藤の花が彫刻された鬼殺隊の証の一つ。