第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「私は、こっちの方がいいかな」
でもそれを言えば、わざわざ天候を調べてくれた杏寿郎の言葉を信用していないみたいに思われそうで。曖昧に笑顔を作って返した。
杏寿郎から、いつもの「そうか!」は貰えなかった。
無言でじっと見てきたかと思えば、持ってきていた番傘を開く。
岩と岩の間に柄を差し込んで…何してるんだろう?
「これなら日除けになるだろう! どうだ?」
あ。
私が心配していたことを見抜かれてたみたいだ。
杏寿郎の隣に日陰を作るようにして固定された番傘に、羽織を捲って隣に座れと促される。
「一人では寒かろう。此処へおいで」
偶に、杏寿郎の声が大人びて優しく変わる時がある。
初めてその腕に抱きしめられた時もそうだった。
そんな声を聞くと不思議と安心する。
抗おうとは思わない。
誘われるままに杏寿郎の隣に腰を下ろす。
ふわりと羽織を体にかけられて、その下で感じる隊服越しの体温にほっとした。
温かい。
「…ありがとう」
「礼など必要ない。俺は蛍少女の師だ」
そう、お礼を断る杏寿郎の表情は優しい。
いつもは見開いている目がほんの少し緩まって、いつもはキリリと上がっている眉がほんの少し下がり気味になって。
師として向けられている表情と言うには…なんだか、その、少し違う感じもして。
顔の距離の近さも重なって変にどきどきした。
「でも、ごめんね。私の事情で杏寿郎までこんな所で野宿させて…屋敷で寝泊まりしていいんだよ」
「蛍少女が此処で一晩過ごすと言うのなら俺もつき合おう。その為に此処にいるんだ」
口では建前で勧めたけど、杏寿郎の返答に内心ほっとした。
初めて来た山中で一人で野宿なんて、考えただけで心細い。
杏寿郎が隣にいるだけで、その心細さはなくなるから。
それに…玄弥くんにあんな顔を向けられてしまったから。
滝行の途中で、私が鬼であることを玄弥くんに知られてしまった。
相手は鬼殺隊。
いずれは知られることだから、ひたすら隠すつもりもなかったけど。
それでもあんな目を向けられればやっぱり後悔もある。
憎々しげな眼だった。
玄弥くんも、鬼に大切な誰かを奪われたりしたのかな…。