第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
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「…くしっ」
「大丈夫か?」
「…さぶい…」
「そうか!」
いやそうか、じゃなくて。
寒いんです。
目の前の小さな薪の火じゃ満足に体が温められないんです。
「案ずることはない! 鬼は寒さなどで死にはしない!」
「…さいですか…」
知ってる。
じゃなきゃいつも小窓が開いた牢獄で過ごせる訳がない。
でもだからって寒さを感じない訳じゃないからね。
怪我は治るけど痛みは変わらず感じるのと同じ。
死なないからって、なんでもかんでも平気な訳じゃない。
「へっくし!」
さっきからくしゃみが止まらない。
それもそのはず。
滝行で頭のてっぺんから爪先までずぶ濡れになったんだから。
水分は拭いた。
着替えもした。
でもそれだけ。
この何処もかしこも吹き抜け状態の林の中じゃ、冷えた体は中々戻らない。
此処は悲鳴嶼行冥の稽古山。
なんで明朝近くに、こんな所で杏寿郎と小さな火を囲っているのかと言うと。理由は極単純。
訓練は終わったけど、まだ濡れた一張羅は返して貰えてない。
帰るにも帰れず、距離あるこんな山奥じゃ帰る途中で夜も明けるから、どうせならと一晩此処に泊まることにした。
でも私は柱の屋敷内での停泊を禁止されている。
だからこんな吹き晒(さら)しの場所で野宿なんてやる羽目になった。
寒い。兎に角寒い。
春先だからって、あんな冷水浴び続けてたんだから中々体温が戻らない。
小刻みに指先が震える。
「其処では夜風が当たって寒いだろう。こちらの方が、まだ風避けになるぞ」
「…うん」
ぱちぱちと音を立てる小さな炎に両手をかざしたまま、頷くことはした。
でも体は動かない。
確かに向かいに座ってる杏寿郎の周りには大きな岩があるから、風避けにはなるだろう。
でも空を覆うものが何もない。
反対に私の座っている場所は周りを遮ってくれるものは何もないけど、大きな樹木の下だから折り重なった枝が屋根の代わりをしてくれている。
時間は明朝。
空は薄らと明るい。
暫く天候は曇りだとあまねさんや時透くんは見ていたけど、それも絶対という確証はない。
…太陽が出れば其処は逃げ場がないんです。