第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「はん、ぷ…っ?」
「無理に口に出さなくていいから心で唱えてみろ! 怒りや痛みの記憶を思い出すんだ!」
「ッ…」
滝の音に邪魔されないよう、ぎりぎり川岸まで近付いて声を張り上げる。
どうやら声は届いたようで、合掌したまま朧気に開いていた彩千代蛍の目と口が閉じた。
ただ不安はある。
反復動作はその名の通り、反復させることで体に染み込ませ力を発揮するものだ。
繰り返し同じ動作を行い、その度に全身から極限の力を生み出す。
何度も何度も繰り返す中で、反復動作により自然と力を引き出せるようにしていく。
オレも勿論、初見で出来た試しはない。
ただ今集中力を高める為のきっかけになれば。そんな思いで口にした。
だから、あんなことになるなんて思ってもいなかった。
合掌したまま静寂を迎えた彩千代蛍は、荒ぶる滝に変わらず打たれ続けている。
夜の闇の中で流れる川は重々しく真っ黒だ。
だけど水飛沫を常に上げている滝の周りは、白い気泡で埋もれている。
異変は、足元からだった。
まるで地染めをしていくかのように、真っ黒な川の水面からその〝色〟が競り上がった。
白い気泡だらけの滝を、じわじわと下から黒く染め上げていく。
「…っ?」
摩訶不思議な現象だった。
一瞬、意味がわからなかった。
彩千代蛍の足場から揺らぎ蠢(うごめ)く黒い色。
それが滝を覆うように染め上げていく感覚に、ぞわりと背中が粟立った。
危険だ。
よくわからないけど危険な気配がする。
「っおい!」
「む! いかん!」
「待て玄弥!」
煉獄さんと悲鳴嶼さんの声は後から聞こえた。
川に飛び込んだ自分の水飛沫の方が先だったからだ。
黒い水に呑まれる彩千代蛍に、咄嗟に手を伸ばす。
バチリと強い打撃を受けて、冷たい水が皮膚を刺す。
肌を刺したのは水の冷たさだけじゃなかった。
「!?」
ぞわりと悪寒。
滝に突っ込んだ腕を見れば、ぞわぞわと黒い何かが這っていた。
まるで墨を塗りたくるように、黒い滝から乗り移ってくる。
「玄弥ッ!!」
最後に聞こえたのは悲鳴嶼さんの珍しくも焦る声。
同時に、ぐんと体が何かに引っ張られて滝の中へと突っ込んだ。