第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「なっ…南無阿弥陀仏…! 南無…っ」
「どうした蛍少女! 声が届いていないぞ!!」
「念仏はきちんと詠唱することだ」
「っても知らなビッ」
再び戻った滝壺で、バチバチと鞭で打つような音が木魂する。
滝の中心で合掌している彩千代蛍の青褪めた唇からは、決まった念仏の一行しか唱えられていない。
念仏を知らなけりゃそうなるよな…。
大体なんでこんな真夜中に訓練するんだ?
昼間だって底冷えするような水なのに、深夜ともなれば極寒だ。
いきなり初心者がやるもんじゃない。
「あぶ…く…ッ」
口を開けば鞭のような水が叩き付けてくる。
まともに喋られない彩千代蛍には、限界が見て取れた。
あれじゃ駄目だ。
すぐに体力も尽きる。
大半の隊士が、初めてだとこの滝行を四半時足らずも行えない。
いずれ滝に屈服するのは目に見えていた。
──なのに。
「南無、阿弥…ッ」
彩千代蛍はオレが想像したよりも遥かに長く耐えてみせた。
相変わらずまともに念仏も唱えられていない。
息も絶え絶えなのに、何故かその体は水に屈さない。
あんな蒼白い体に力なんてあるように見えないのに。
煉獄さんの継子なのは、伊達じゃないってことか。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五!! こうだ!!!」
「ぶ…ぶ、た…っ」
スラスラと念仏を唱える煉獄さんに、全く追いついていけていない。
折角屈さない体があるのに、あれじゃいつまで経っても冷水からは逃れられない。
「っ…反復動作だ!」
気付けば声を上げていた。
「念仏じゃなくてもいい、自分が出来る決められた動作を反復しろ! それによって集中を極限まで高めるんだ!」
「反復動作か…成程! 不死川少年、筋が良い!」
これはオレが悲鳴嶼さんから盗み身に付けた業だ。
あの人は手取り足取り教えてくれるような人じゃないからな。
煉獄さんも恐らくそうだ。
敢えて崖から突き落として育てるような、そんなどっかの猛獣みたいに。
声援や手解きはよく送ってるけど、ここぞという時の手助けは一切していない。
それが証拠だ。