第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
❉
彩千代蛍。
なんて名前、初めて耳にした。
煉獄さんと深い関わりはないけど、それでもその人となりは知っている。
悲鳴嶼さんとは違った意味で厳しい柱だ。
柱は誰だって厳しいが、煉獄さんも例外じゃない。
だからそんな人に女の継子がいるなんて正直驚いた。
歳はオレの幾つか上みたいだが、それくらいしか見た目からじゃわからない。
ただ甘露寺さんみたいに肉付きが良い訳でもなく、胡蝶さんみたいに華奢な訳でもない。
どっちつかずの体は滝行で冷えた所為もあるのか、蒼白くて儚い印象だった。
なのに、なんだか得体が知れない。
腹の底に何か、感じるような。
女は苦手だ。
柔らかくて、甘くて、温かくて。
今までそんな存在、母ちゃんしか知らなかったから。
だから目の前にすると緊張で足が竦む。
口が閉じる。視線が離れる。
なのに彩千代蛍って女には、そこまでのものを感じなかった。
代わりに得体の知れない奇妙な感覚が先にくる。
それがなんなのか、わからないけれど。
「はぁ…体があったまる…」
出した湯呑みを両手で大事そうに握って、じんわりとその温かさに浸っている。
着替えを終えて休憩中のそいつの言動に、思わず眉を潜めた。
「あったまるって、飲んでねぇじゃねぇか」
そりゃ湯呑みの温度で暖取ってるだけだろ。
なんの為に熱い茶出してやったと思ってんだ。
「さっきだってほとんど飲んでなかっただろ。…苦手なら苦手だって言えよ」
「あ、いや、苦手な訳じゃないんだけど…っさっきの滝行で、沢山水飲んじゃったから。喉はあんまり乾いてないと言うか…」
自分の愚行を詰るように笑う。
あんな激しい水の落下を受けながらそれを喉に通すなんて、まず無理な話だ。
だけど敢えて何も言わなかった。
どうにもさっきから引っかかる、奇妙な感覚。
その答えがそこにあるような気がして。
「…あんた、煉獄さんの継子なんだろ」
「うん…まぁ…多分?」
「なんで多分なんだよ」
体の柔らかさも、甘い匂いも、日向のような温かさも。この女からは余り感じられない。
だからなのか、初対面にしちゃ不思議と話せた。