第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
「ありがとう、玄弥くん」
ようやく一息つけることにほっとしながら、忘れてはならない彼に礼を言う。
すると吊目の三白眼と目は合ったものの、またもやすぐに逸らされた。
ううん…兄みたいに突っかかってこないところは長所だけど、こうも逃げられるのも問題だな…まともに会話ができない。
「…滝行」
「え?」
「滝行、やるなら。その恰好じゃ駄目だ」
だけどそのまま向けられると思っていた背は向けられなくて。顔は逸したままだけど、ぼそりと唐突に告げられた。
恰好?
「それ、あんたの自前だろ。普通水被るんだから、濡れてもいい恰好するもんだ」
「…ぁ」
そういえば一張羅のままだった…。
やる気に満ちた杏寿郎に連れられるまま特訓に入ったから…勢いって怖い。
「貸せよ。その服、干しておいてやるから」
「ぁ…うん。ありがとう…」
催促するその小脇には、玄弥くんが滝行していた時に着ていたものと同じ白装束が。
もしかして、あれを持って来てくれたのかな。
この場にいる柱も混じえて立場が下になるのは玄弥くんだから、当然の行動だったかもしれない。
でもその気遣いに、ほんの少しだけでも近付けた気がしてほっとする。
よかった。
会話は、できた。
「でも、できれば着替えは室内でさせてもらえると嬉しいなぁ…なんて」
催促するように片手を差し出したままの玄弥くんに、脱いであげることもできず。
苦笑混じりに応えれば、ぽかんとこっちを見た顔が…わお。
ぼかんっと音がしそうな勢いで真っ赤に染まった。
か、可愛いな。
「っじゃあ早くしろよ! 悲鳴嶼さんを待たせんなッ!」
「え…ちょっと休憩させて欲しいです…寒い死ぬ」
「っ…! じゃあさっさと中に入れ! 茶ァ淹れ直してやるから!!」
「ありがとう!」
言ってみるもんだ。
言動は荒いしこっちも中々見てくれないけど、通じることは通じる。
うん、おっかな柱より余程良い。
「蛍少女と不死川少年の仲は良好そうだな! 良いことだ!」
「…上辺と中身の対話は、違うものだ。あれだけで良好とは言えない」
急かす玄弥くんの罵声に押されて岩柱邸へと戻る。
背後で柱の二人がそんな会話をしていたなんて、知る由もなかった。