第10章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る✔
かと思えば、そうでもなさそうだった。
「まさか此処へ訪れるとは」
「こ、んばんは」
「…入れ」
お屋敷で待っていた悲鳴嶼行冥は、割とすんなり私を迎え入れてくれた。
「オレ、茶出すんで」
「頼む」
テキパキと給仕を行う不死川弟の姿は、手慣れているのか手際が良い。
ただ、まだ体は濡れたままだけど。
大丈夫かな…風邪引かないかな。
「して、私の山で稽古がしたいと?」
「如何にも! 悲鳴嶼殿の稽古場なら、一層鍛錬にも磨きが掛かると踏んだ次第で」
「ふむ…鍛錬を行いたいという者あれば、拒まずだ」
通された居間で、机を挟んで悲鳴嶼行冥と向き合う。
相変わらず大きな図体に大きな数珠。
ジャリジャリとそれを擦り合わせながら静かに同意してくれた。
私を死でしか救えないとお館様に助言していたらしいけど…あれから、まだその意志は変わっていないのかな。
この人の心は、童磨とは違った色で読めない。
「どうぞ」
「うむ」
「ありがとう」
ことり、と机に置かれる湯呑み。
軽く頭を下げれば、あの三白眼とまた目が合う。
だけどまた即座に逸らされた。
…やっぱり意図的に逸らされてる。
最初は人見知りかと思ったけど、悲鳴嶼行冥や杏寿郎にはそんな素振りは見られないし…なんでだろう。
「あの…玄弥、くん」
「!」
意を決して声を掛けてみる。
するとギチっと音がしそうな勢いで、不死川弟──もとい、玄弥くんの頸が曲がって止まった。
何、そのぎこちなさ。
「お茶、ありがとう。後のことはいいから、体拭いてきたら、どうかな」
「ぇ…ぁ、ああ…」
おっかな柱と同じだから苗字で呼ぶ訳にもいかず。
そのまま提案してみれば、ぎこちなくも自分の体を見下ろして頷いてくれた。
「悲鳴嶼さん」
「構うことはない。体を綺麗にして来なさい」
「はい」
ぺこりと頭を下げて部屋を出ていく。
礼儀正しいけど、なんだか素っ気無いというか…おっかな柱とは随分違う印象だけど、把握し辛い性格だ。
じっとその背を見送るように見ていたからか。
「玄弥が気になるか?」
まるで見透かすように問われた。
顔を戻せば、光のない目がこちらをじっと見つめている。
お館様とは似て非なる眼だ。